続・触らぬ神の子に祟りなし






「ごめん」
 むっつりとした表情で目線を合わせない謝罪に真田は眉間に皺を寄せたが、何も言わなかった。
 雨が鬱陶しいといらいらの限界を突破した幸村が、真田に盛大な八つ当たりをかましてから数時間後。
 暖かいハーブティと熱々のアップルパイで落ちついて一息ついた後、そっと柳に呼び出された幸村は淡々と説教されたらしい。そのとき注意すればいいのに全てが終わって頃合いを見計らってからそんなフォロー(?)をするのだから、柳も人が悪い、と思う。ただ傍観者であり続けるスタンスを崩さない姿勢は、幸村に甘く、真田にはちょっと甘くそれでいてふたりの大事な大事な親友なので、おそらく幸村と真田のポジションの違いに影響されるのだろう。
 などと自分を納得させる真田である。
 夜。
 相変わらず大粒の雨は合宿所の建物をばちばちと叩き、こんなにうるさくては神経質な人は眠れないだろうと心配するほどである。風も強くなってきたようだ。
 そんな中、ほとんどのメンバーがサロンで好きにおしゃべりやら夜食やらを堪能している時間、真田はひとりトレーニングを行っていた。そこへふらりと幸村が現れたのである。
 決して目を合わせようとせずうろうろと床や壁へ視線を揺らすのは、照れているのかまだ機嫌が完全に治ってはいないせいか。ただ「蓮二に叱られた」と呟く声はちょっぴり意気消沈していて何だかかわいそうだ。
「いや、別にもう気にしていない。怪我もしていないしな。ただ、その」
 もう少し自重しろ、と言いかけて、また機嫌を損ねれば面倒だなと言葉を飲み込む。
 それを察知したのか、ようやく幸村は顔を上げて拗ねた表情を浮かべた。
「分かってるよ。人前で暴れたりしない」
「そこか?そこなのか?」
 ううむ、と唸っておいて、小学生の頃良く目にした、唇を尖らせる幼い表情の幸村がおかしくて頬が緩んでしまう。
「まあいい、八つ当たりもほどほどにな。どうしてもというときは・・・・」
「いうときは?」
 殴っていい?と目をきらきらさせる幸村の頭を軽くはたいて、ついでぐりぐりと撫でまわした。
「ふたりきりのときにしろ」
「むー。何か妙に優しいよね。真田のくせに」
「その真田のくせに、というのもやめろ。おまえはジャイアンか」
「うんうん、おまえのものは俺のもの。俺のものも俺のもの。そういうことだな」
 なかなか良い突っ込みだ、と真田が自分で満足したのもつかの間、幸村は納得してしまったようだ。
「しかしあの場にいた者は怯えていたぞ」
 特に宍戸が、と名前までは告げず口ごもる。何だか被害が彼に及ぶ気がして言えなかった。
「あーあ、せっかく儚げで穏やかで優しくてテニスが超強い神の子ってイメージだったのに台無しだね」
「最後しか合ってないぞ。すでにボロが出ているから今更だ。安心しろ」
「慰めてるのかい?それとも喧嘩売ってるのかな」
「むむ」
 五センチ下から睨みあげられ心持ち身を引く。
「大丈夫だ、俺は、素のおまえがいいと思うぞ」
「何が大丈夫なのか分からないけど。真田の言う素の俺ってどんな?」
 今度は満面の笑みで促してくる。
「うむ、そうだな・・・意外と子供っぽくて我が侭で自己中心的で絶対的王者で威圧感があり己の容姿を最大限に活かして周囲を従わせる巧妙さとたまに口から発する意味不明な天然発言が興味深くテニスが強い」
「最後しか誉めてないよね」
「そうか?そうだな、だが俺にとっては全て褒め言葉なのだが」
「うーわー。真田ってマゾなのか?」
「違う!」
 そんな性格の、幸村以外の人間など絶対嫌だ、と言おうとしたが、むぅと頬を膨らませて言い返そうとする幸村の顔が可愛かったので、結局頬を殴られて終わってしまった。