王様対談






 正直言って、「あの」立海の部長である「あの」幸村を最後まで騙し通せるとはさすがの跡部も思ってはいなかった。
 最初にそれを指摘したのが手塚だったから、思わずムキになって「俺様に手抜かりはねえ」なんて言ってしまったのだが、何もかも見透かしたように穏やかな笑みを浮かべる病み上がりの「神の子」を持て余しているのは事実である。
 観月(と柳沢)の手によって作られた作業メニューはほとんど学校ごとに分かれているが、そのチーム内でメンバーが臨機応変に動くのはむしろ歓迎するところだ。
 人間誰しも得手不得手はあるのだから、泳げない人間に素潜りで魚釣って来い、なんて命令したところで大事故になるだけである。
 そんなわけで、さて最も厄介なあいつはどうしてるだろう、と雑木林へ様子を見に行ってみると。
 案の定、彼は悠然とメンバーたちを監督しながら圧倒的な存在感とプレッシャーを放ちまくっていた。
 両腕に申し訳程度に抱えられた小枝の束は薪にするのだろう。ついでに近くに生えているキノコを発見してはそれは食べられるからついで採っておくように、とてきぱき指示を放っている。
「やあ跡部。見回りかい?ご苦労さま」
「・・・・・おう。どうだ調子は」
 自分でも抽象的な問いかけだ、と苦笑いしながら尋ねる。
「ええと、こういうときはボチボチデンナ、て答えるんだっけかな?」
「カタコトで言われてもな」
「うわ、さすが跡部だね、突っ込みもいけるんだ」
「ちげぇよ」
 相変わらずふわふわと斜め上な反応だ。
「さっき真田の野郎があれこれ口うるせぇこと言ってさっさと戻っていったぞ。おまえを探しているみたいだったが」
「真田が?へぇ、何か用だったのかな」
「毎日朝夕様子見に来るだろあいつ、よっぽどおまえ信用されてねぇのな。あーん?」
「過保護なんだよね。あいつはああみえて優しいやつだから」
「最初からおまえら一緒にいたほうが面倒なくて良かったんじゃねえのか?丸井とジャッカルじゃおめーの監視なんてどうみても力不足だろうが」
「そうだね、あいつらには本当に苦労をかける」
「・・・・・・・・・・おい、一応聞くが」
「なんだい跡部」
 眉間にくっきりと深い皺を寄せてぐりぐり指で揉みながら跡部が疲れたように嘆息する。
 幸村は首を傾げて、まるで愛らしい少女のように目を丸くした。
 が、騙されてたまるか、と跡部は心の底から思う。
「俺たち会話が成立しているか?」
「してるじゃないか」
 何言ってるんだい、と、柔らかい笑い声が木々の間をゆらゆら漂い霧散する。
「あー・・・もういい。あんま妙な真似すんなよ。そうでなくてもおまえ目立つんだからよ」
「え、俺目立ってる?そうかな。ああ、もしかしてヘアバンドが」
「ちげぇ!!」
 何故だろう、こいつの天然発言が果てしなく可愛げがないのは。
 普通なら、ああこいつちょっと頭弱いんだな可哀想だなアハハ、で済まされるものだが、どうにも、この幸村相手だと裏を読んで何か揺さぶりをかけているのではないか、いやその裏をさらに読まれているのではなかろうか、などと裏の裏まで警戒した挙句疲れる一方なのだ。絶対友達になりたくないし敵にしたくない。
「そういや跡部さ、俺聞きたかったんだけど」
「なんだよ」
 さっさと会話を打ち切った方が身のためだろう、と考えた跡部はおざなりな返事を返す。
 それに対して特に気を悪くした様子もみせず、幸村は薪を抱え直して、言った。
「何で俺と君は同じロッジなのかな」
「・・・・・・嫌なのかよ」
「そうじゃないけど。だって三人部屋なんて君嫌がりそうだから」
「それは・・・・・・」
 最も危険な人物を監視しておくにはその方がいいから、などとストレートに言えるはずもなく。
 うろうろと視線を地面に彷徨わせ、暑いな、などとどうでもいい呟きを発してから、跡部は舌打ちした。
 じっとこちらを見つめる深い目の色に、まるでスケスケにされているような気がして。