サプライズはやり尽くした。
途方に暮れるとはこのことだ。幸村は結局何も良い案が浮かばないまま、最高にして最強の相談相手のところへ泣きつくはめになって、これだけ何年も一緒にいればもう何もできることはないと拗ねて唇を尖らせた。
「何もサプライズにこだわらなくてもいいじゃないか」
「だってそれじゃおもしろくないだろ」
「おもしろくする必要があるのか」
嘆息しながら呆れたように柳が言い放つ。
一見冷たい態度だがそれもまた慣れっこだ。冷たいわけではなくて本気で呆れているのである。機嫌は悪くない、こうして真剣に読んでいた分厚い小説を閉じて、幸村の方を向いてくれるから。
途中まで書いていたノートを放りだし、幸村はシャーペンを転がして頬杖をついた。すでに日は暮れてオレンジ色のおいしそうな太陽がコートを燃やしている。早く帰れと急かされているようで、なんとなく気分が浮つく不思議な空間だ。
季節は春もすぎ、そろそろ日差しが強くなってきたと意識する頃。
我らが副部長真田弦一郎の誕生日が明日に迫っている。
「先輩たちは知らないんだよなあ、真田の誕生日なんて」
「若干語弊があるぞ精市、先輩たちがいちいち後輩ひとりひとりの誕生日なんて気にかけないだろう」
「そうだけどさ」
先輩たちを巻きこんで、朝部室のドアを開けたらみんなが一斉にクラッカーでも鳴らしておめでとうって。できたら良かったのになあとぼやく。だがいくら後輩に甘い先輩であろうとわざわざそんな仕込みを手伝ってくれるとは思えなかった。
「柳は何かするの?」
「俺は弦一郎が欲しがっている書道の筆を贈ることにしている」
「筆?」
「ああ。三週間前から何か欲しいものがあるか聞いていたんだ。あいつなかなか高価なものをねだってくるからな、俺の誕生日には遠慮しないでおこう」
「えーっと、どこから突っ込めばいいんだろ俺」
中学二年生の欲しがるプレゼントが筆。しかも直球で何が欲しいか聞いて素直に高価なものを口にするって。こいつらには子供らしさとか、遠慮とか、わくわく感とか、そういった可愛げが一切ないらしい。
何の参考にもなりゃしない、とむくれた顔で幸村はとうとう机に突っ伏してしまった。
ふたりで並んで歩く道は、もうどれだけ繰り返したか分からないほど慣れたものだ。
そうは言ってもこうして同じ学校に通い出してからまだ二年もたっていないはずなのだけれど。
ちらりと隣りをむく。相変わらずむっつりした愛想のない顔が正面を睨んで歩いていた。最近ちょっとだけ男らしくなってきたな、と幸村は無遠慮にじろじろと真田を観察しながら思う。
成長期だからふたりとも背はどんどん伸びているけれど、隣りを歩くこの幼馴染みは自分より二倍くらいの早さで老けこんでいっているのではないだろうか。
ふたりのときはあまり会話はない。はしゃぐ丸井とジャッカルや、最近なにかと生意気に絡んでくる赤也もいない場所では沈黙が降りることも多かった。
それでも居心地の悪さを感じないのは互いの存在が当たり前になっているからなのだろう。そう幸村は考える。
ふいに真田がこちらを見て、視線が交わった。
真田の眉間に軽く皺が寄る。何だ、と言いたげな目に、幸村はふふふと笑った。
「なあ、何か欲しいものってある?」
「何だ藪から棒に」
「やぶからぼう?いや、だって君明日誕生日だろ。プレゼント。何も思いつかないから」
サプライズはやめにした、と弾くように軽やかに笑うと、真田は僅かに目を見開いてからそっぽ向いた。
「あ、でも俺いま金欠だから高いのは無理。あと買いにいく暇もないから簡単なものにしてよ」
本当に祝う気があるのかと疑うほどに気楽な要望に、真田は苦笑を零すしかなかった。
「別に何もいらん。気持ちだけありがたく受けとっておく」
「何それつまんない。可愛くない。子供らしくない。欲しいものがあるなら言えって」
「高くなくてその辺で簡単に買えるものをか」
「そうだよ。大事なのは気持ちだろ?」
「ううむ」
矛盾しているような、そうでもないような。
真剣に考え込んでしまった真田を再びまじまじと観察しながら幸村は首を傾げる。
「物じゃなくてもいいよ。してほしいこととかある?」
「おまえにか?」
「そう。掃除当番代ってほしいとか、お弁当のおかず分けてほしいとか、あと、そうだな・・・」
試合してほしいとか。
さらりと言い放ったその言葉に、真田は顔を上げた。同級生ですら恐れる強い目が鋭く光る。
幸村はそれに対して挑戦的に微笑んでみせた。
「本気で試合してほしい、とか。受けて立つけど?明日先輩にお願いして部活終わった後コート貸してもらう」
おまえのために、先輩に頭下げてやってもいいよ。
不遜なその言い方に一瞬嫌そうに顔を歪めて、けれど真田は唇の端を僅かに上げて見せた。
「ではその贈り物、ありがたく受け取ろうか」
「そうそう、素直が一番だね」
でも、負けてはあげないけどね。
そう言って不敵に微笑む奇麗な顔が夕陽に溶け込んで、ふたりは金色の橋の上で立ち止まった。
「おめでと」
「ありがとう」