「妙な光景ぜよ」
「そうですか?自転車くらい乗りますよ私だって」
「いや・・・なんか・・・」
似合わない。
真田の女装姿(想像したくもない)とおなじくらい似合わない、というか気持わるい。
休日、約束した海の近くのコート。
脇に止められた自転車。
これまた似合わない黒無地半袖シャツにジーンズ(!)姿の柳生がいつもの無表情で立っている。
眼鏡を押し上げる仕草は見慣れたものだけれどこれはいったいどういうことなのだろうか。
普段は制服をきっちり着こなしどんなに暑い日でも第一ボタンまでしっかりとめてネクタイも首が締まって呼吸できないのではないかと思うほど隙がないと言うのに。
休日にこうして会うことはこれまでもあったが、それでも柳生はいつもぱりりと糊のきいたシャツにスラックス姿だった。
「どうしたんですか仁王くん。あ、自転車ここに止めておいていいんでしょうかね。駐輪場見当たらなかったもので」
「・・・・・ええんじゃなかと?目の届く場所に置いておけば。それよりそのチャリおまえの?」
「そうですよ?」
「・・・・・・ふーん」
後ろに乗ってみたいな、とふいに仁王は思った。
チャリンコにまたがる柳生、後ろに立って乗る仁王。
風を切って走る坂道、通り過ぎる電車、突風、ハンドルを掴む白い腕。
そんな妄想をしてみる。
「帰り俺も乗せて」
「いいですよ」
「お、ええんか。てっきり二人乗りはダメですよっめっ!とか言うかと」
「めって何ですかめって」
声を立てて柳生が笑う。
「それより練習始めませんか。涼しいうちに」
「そうじゃの」
照りつける日差しはすでにじりじりと肌を焼いて目が痛くなるほど眩しい。けれど午前中はまだましな方だ。
正午を過ぎれば陽炎がゆらりと揺れて自分の立っている地面さえふわふわとしてくるのだから。ボールを弾くラケットの音も、地面に落ちる音も、自分の呼吸ばかりがうるさくて、視界がだんだんとまっ白になっていく。
仁王は夏が苦手だ。
それでも、気だるそうな顔と態度をあからさまにふりまきながら練習をさぼることはない。
まさかこんなところで個人的に練習しているなどとは誰も気づいていないだろうけれど。
(目的が、あったり)
なかったり。
何かを言い訳に、練習のない日や空いた時間を屋根の下で過ごすパートナーを呼び出す。
新しい技を取得したいんじゃ。そう言えば、どんなに勉強に集中していても、彼は口元に笑みを浮かべながらうなずく。
「おまえさんのレーザービーム、あれ打ってみたいのぅ」
「とっておきの必殺技ですよ。そう易々と真似されても私が困ります。それに」
「それに?」
「仁王くんはやらないでしょう?ああいうの」
真顔で言われて首を傾げる。
「なんで?」
「だって必殺技ですよ。レーザービーム!って叫ぶんですよ。できます?あなたあんまり大声あげたりしないでしょう」
「そこか?そこなんか?」
もしやこれは柳生のせいいっぱいのボケなのだろうか。それにしてはマジトーンだ。本気で不思議がっている。おそろしい男だ。おそらく幸村の次くらいに食えない男なのではないだろうか。
「叫ぶぜよそのくらい」
「へぇ」
薄い反応が返ってくる。
「じゃあ私の後にやってみてください。ほら、コートの向こうへ」
「ああ、うん」
打ち返せるだろうか。
彼の、強烈なレーザーを。
あの定規で測ったようなまっすぐな軌道はとても柳生らしいと思う。真田の実直さとも違う鋭さ、温和な声音と丁寧な語り口とは裏腹に、頑固で実は割と融通が利かない性格がとても「らしい」。
「いきますよ。ちゃんと最後の決め台詞もやるんですよ」
「ピヨッ」
ざり、と地面を踏みしめる。
腰を落として両手でラケットを構えた。
「レーザービーム!」
まっすぐにこちらを貫こうとする打球を睨んだ。
「れ、」
**************************
「なんでこうなるんじゃ」
「二人乗り、したかったんでしょう?しっかりこいで下さいね仁王くん」
「上り坂・・・」
「降りましょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・いい」
結局、レーザービームの「レー」まで言ったところで、そう簡単に打ち返せるはずもなく、しっかりとアデューされてしまった。
「イリュージョンで私になれば打てるかもしれなかったのに」
「嫌じゃ。それやとふたりで練習する意味がない」
「はぁ?」
ぜぇぜぇと息を切らせながら、仁王は自分の肩に手を置いて後ろの荷台に立っている柳生を少しだけ振り返った。相変わらず眼鏡の奥はどんな表情を浮かべているのか分からない。
「おまえとふたりでいるときはおまえになるのは嫌じゃ」
「何故です?お手本とふたりきりですよ?」
「そりゃあ・・・・・」
柳生がふたりいても意味はないのだ。
同じように、仁王がふたりいても意味はない。
「騙す相手もおらんのに、つまらんやろ」
「それもそうですね」
柳生はあっさり納得して、風が気持ちいですねえ、とのんびり呟いた。
「そういうことに、しておきましょう」
複雑な思いを見透かされたように思えて、仁王は歯を食いしばって自転車をこぎながら、滲む汗が目に入らないようにするのが精いっぱいだった。
「やっぱりそのいかにも夏ですって格好、似合わんぜよ」
意趣返しにそんな文句を言ったところで結局、彼は笑っただけだったけれど。