KISS題






 部活のない休みに一緒に過ごすことは、実はあまりない。
 どちらかといえば幸村に付き合って買い物や美術館へ行ったりするなら真田より柳との回数のが多いだろう。
 けれどそれについて真田が文句を言うことはないし、柳へ対して何らかの嫉妬じみた思いを抱くこともない。
 むしろ、面倒みてくれてありがとう、などとちょっぴり意地の悪い感情でもあるのではないだろうか。
 だから、こうしてふたりでのんびり散策という名の子供のような(実際まだ子供なのだが)デートをするのはとても久しぶりだった。
 ラケットを持っていない手がうろうろとさまようのはお互い様。
 手を繋ぐ、キスをする、まではこぎつけたものの、だからと言って自然に手を取り合うほどでもなく。
 この微妙な距離感は何なのだろう、といつも思うけれど、ほどよく幼馴染みと言ってもおかしくはないふたりの関係が唐突に変わるわけではなかった。
 居心地が悪ければお互い考えもしただろうが、これでいい、と思っているのならしばらくはそのままだろうと柳は分析している。
 どちらにせよ、幼馴染みから友人へ、そして恋人へと関係性が変化しても何ら変わらぬふたりの姿はまどろっこしいような安心するような。
 せっつくものでもあるまい、とはテニス部レギュラーメンバーの意見である。

「今日は天気がいいね。昨日の雷雨が嘘みたいだ」
「そうだな」
「コートの整備も楽でいいね」
「そうだな」
「合宿楽しみだよね。他の学校のメンバーって誰がくるのかな」
「そうだな」
「・・・・・・・・・・・・・・真田、俺の話し聞いてる?」
「ん、ああ。すまない幸村。もう一度言ってくれ」
「もういいよ」
 むぅ、と頬を膨らませてわざとらしく拗ねてみせると、真田は無表情だった顔を一瞬にして崩し慌てだした。
 一度機嫌を損ねれば激しく面倒になることくらい、嫌と言うほど分かっている。まさか往来で暴れ出すようなことはないだろうが、とことん無視されるか、非常に手の込んだ、そして最大限に己の容姿を利用した嫌がらせを体当たりでしてくるか。
 せっかくの久々のデートに寿命を縮ませたくはない。
「すまん、少し考え事をしていたのだ」
「デートの最中に考え事?さいてー」
 のんびり語尾を伸ばして肘でつつく。
「おまえのことを考えていたのだ」
「はあ?隣りにいるのに?馬鹿じゃないのか」
 屈託なく暴言を吐いて、幸村は笑った。どうやら機嫌は持ち直したようだ。 
 そうは言っても、しつこく肘をつついてくる。ふれあう互いの腕が熱を帯びていて、ああ、まだ夏は終わっていないのだと思い知らされた。
「なになに、言ってみろよ」
「いや、ここで話す事ではない」
「なんだそれ。じゃあどこならいいんだよ」
「そうだな・・・・・」
 そうしてきょろきょろしながら、真田は半歩前を歩く幸村の腕を掴んだ。
「あそこで少し休憩しないか」
「いいけど・・・。真田、おまえ顔怖いよ」
「こういう顔だ」
「生まれた時から?」
 くっくっと喉を鳴らして笑うと睨まれた。


 そこは近隣住民の憩いの場になっているのだろう小さな公園だった。
 遊歩道をゆっくり歩いた先には、青々した木々の間に間隔を置いてベンチが点在している。
 夜になればカップルが占拠するのだろうそのうちのひとつに幸村を座らせて、真田は飲み物を買ってくると言い置きさっさと行ってしまった。
 緊張しているな、と瞬時にさとる。
 まさかこう何年も一緒にいて、健全な「お付き合い」まで発展した今更になってガチガチになられても正直困る。
 だが手慣れている真田というのも想像がつかないので、あのカタブツも一応、恋愛感情というものを抱えていて、それを向けられるのが自分である、ということに幸村はひとり満足した。
 足早に地面を踏む音が背後から聞こえてくる。
 振り向かずにどう声をかけてくるだろう、と、何も気づかないふりをして目の前の池を眺めていると、ふいに後ろから肩越しに抱き締められた。
 おどろいて振り向こうとしたが、よく知った固く太い腕ががっしりと体を抱き込んでいるためそれは叶わなかった。
「真田、なに。どうしたの」
 どうやら後頭部に顔をうずめているらしい、いつも彼が被っている帽子が当たってちょっと痛い。
 若干うつむき加減に二本の腕をぽんぽん、と叩けば、恋人の僅かな汗の匂いと、どくどくという心臓の音が感染して途端に緊張した。
 え、なに。これ。
 まるで、恋する少女のような。
 笑ってしまう。どこぞの漫画やゲームじゃあるまいし。
 しばらくそのままじっとしていると、やがてゆっくりと抱き締める腕が緩んで大きなため息が聞こえた。
「満足した?どうしたのさ一体」
「すまない。考え事を」
「また?なんだよ、言ってみろ」
 ほら、と体を捻って後ろを振り向く。
 いつも怒ったような真面目な顔の男が何かに耐える様に険しい目をしてこちらを睨んでくる。
 否、きっと彼は睨んでいるつもりはないのだろう。強い意志をうかがわせる目の奥に、ちらりとのぞく激しい感情がそれを主張していた。

 強い風が吹いてふたりを撫でた瞬間、まじかに迫る男の気配が濃くなって、かすめる様に一瞬のくちづけが落ちた。
 すぐさま離れて行ったそれは茹った何かのように首から耳から真っ赤で、至近距離のまま硬直している。
「え、ちょっと、え?」
 目をぱちぱちさせて自分の唇を人差し指でなぞると、幸村は怒鳴ろうか笑おうか迷って、結局真田と同じようにしばらく石像と化してしまったのだった。


 はじめてキスをするわけでもないけれど。
 真田から仕掛けてきたのはこれが初めてだったので。