ふらふらと散策した先の野原で幸村が見つけたのは、広い背中を丸めて一生懸命何かの作業をしている真田だった。こんなところで何をしているのだろう、とそっと近づくと、ちょうど十歩ほど距離を縮めたところで真田が声をかけてきた。
「幸村」
「・・・・・よく分かったね」
「分かるだろう、普通」
「いや普通は誰かまでは分からないと思うよ」
変なの、と微笑んで彼の後ろに立ってのぞきこむ。
真田は真顔で小さく切った竹をナイフで削っていた。
「何してるの?」
「ああ、ちょっとな。おまえは散歩か」
「うん。あと繕い物をちょっとね」
ほら、と見せたのは糸がほつれてしまったシャツや靴下の束だ。洗濯した後なのだろう、石鹸の香りが花の甘い香りと混ざって風に吹かれていく。
「おまえのではないな」
「うん、ブン太とか、あと色々。薪割りとか水汲みしてたら横から取り上げられちゃうからさあ」
ブン太の繕い物をしていたら他の連中もシャツやらジャージやらが解れていたらしく、それを受け取って静かな場所を探して移動してきたのだと幸村は言った。
「針仕事など、」
立海テニス部部長のやる仕事ではない、と言いかけて、当然それに対する反論もすぐさま思いついたのだろう真田は口ごもってしまった。
「うん、自分にできることをやるしかないからね」
結構得意なんだよこういうの、と言いながら、真田の広い背中に自分の背中を預けて座り込む。
とん、と体重を預けても微動だにしないそれは安心感があった。まるで父親みたいだなあと声をたてて笑う。
振動が伝わって、真田の発する声も低く耳に響くようだ。
「そうか」
短く返答して真田は自分の作業に集中しなおした。
相変わらず気温は高いが、海の方角から吹いてくる風が涼しく、揺れる花や木の葉を眺めながら細かな作業をするのは苦ではない。ましてや背中を最も信頼している相手に預けたままなのだから、睡魔に襲われるのも仕方ないことだろう。
「・・・・けどこれ、普通逆なんじゃないの」
ずるずると大きな体がずれてきたかと思えば、真田はそのまま地面に上半身を倒してしまった。
「寝るの」
「少しだけだ」
「うん、おやすみ」
三十分だけだ、と低い声で呟いて、真田が目を閉じる。
帽子の鍔に隠れる堀の深い顔はまぶたを閉じるとほんの少し幼くなることを知っている人間はそう多くないだろう。
かぶさるようにして顔をのぞきこみながら、彼の脇に置かれたものを手にとった。
竹筒だ。直径はちょうどてのひらサイズで、長さは十センチ弱といったところだろうか。何に使うのかは分からないが、淵の部分がやたら丁寧に削ってある。
幸村は肩から羽織っていたジャージをそっと真田にかぶせてみた。
暑いかな、と思ったが、何となくこうするのが礼儀なような気がして。
しばらくの間、真田の顔をちらちら観察しながら繕い物に集中していると、やがてざわざわと集団がこちらの方向へ歩いてくるのが見えた。全員青いジャージを着て、それぞれ手に何か抱えている。
こちらを発見して真っ先にやってきたのは菊丸だった。
「あっれ。珍しいにゃ」
「やあ。ピクニックかな?」
「うん、お弁当作ったからこっちで食べようと思って。君たちもどう?・・・それにしても本当に珍しいね」
幸村を誘いながら、不二が笑う。
どれどれ、と青学の面々は転がっている真田を物珍しげに眺め出した。まるで珍獣扱いだな、と幸村は笑う。
「意外と一度寝たらなかなか起きないからね。よっぽど騒がない限り起きないよ。俺が呼べば一発だけど」
そう言って、幸村は青学メンバーらがぎょっとするほど真田に顔を近づけて、囁いた。
「真田、起きて」
「むっ」
「うわっ」
まるでバネのように起き上がった真田に幸村をのぞいて全員が驚きの声をあげる。
「おはよう真田」
「・・・・・・おはよう。て、手塚?」
何で貴様たちがここに、とはっとしながらきょろきょろする真田に、からかいを含んだ笑い声が響いた。
「では俺は幸村を海側へ送ってくる」
「ああ」
「じゃあねー」
「お弁当ごちそうさま。おいしかったよ」
じゃあね、とひらりと手を振って、幸村は繕いものを抱えて歩きだした。かたわらには真田が小さな竹筒を手にして並ぶ。
「そうだ真田、途中でちょっと花を摘んで帰りたい。その一輪ざしに飾るやつを数本」
「分かった」
うなずいて、幸村が抱える荷物を自然な動作で奪い取る。
それに笑いながら抗議する幸村と、やかましい、などとちっとも怒っていない声で言い返す真田のふたりが遠ざかって行くのを、青学メンバーたちは微妙な顔で見送ることになった。
「何か・・・立海のイメージがちょっと変わったかも・・・・・」
何すかあれ、と指をさす桃城に、越前も首を傾げた。
「真田もあんな顔するんだね」
どんな顔、とまでは言わない河村に、手塚は複雑な表情を浮かべ、何とも言えない空気が流れるのだった。