ぐらぐらと地面が揺れ不吉な音が耳鳴りのようにわんわんと鳴りだす。
真っ先に何かを悟ったのは真田だった。
「土砂崩れかもしれん」
「えっ!に、逃げんと、」
顔を真っ青にしてすぐさま飛び出して行きそうな謙也の腕を掴んで白石が慌てて引き止めた。
「あかんて外に出たら逆に危険や」
「でもこの洞窟塞がれたら・・・」
「どちらにせよ山道が崩れてしまったら俺たちに逃げ場はないよ。ここが土砂で埋まってしまわない事を祈るしかない」
幸村の言葉に、一同はしんと静まりかえった。
そうしているうちに地響きは唸り声を上げてどどどど、と頭上から大きな音が流れ落ちてくる。
はっとして見やれば洞窟の入り口のすぐそばを、大きな岩がごろごろと転がって行くのが見えた。
「奥へ」
白石の言葉に全員が洞窟の奥へと進んでいく。
そうしている間にぐらぐらと地面と壁が震えて、轟音が頭上から響いた。
誰かがひっと喉の奥でひきつったような悲鳴をあげて、全員耳を塞ぐ。
ずん、と腹の底に振動を与える揺れがしばらく続いて、思わず彼らは身を寄せ合った。
「静かになったな」
真田が呟いて、誰かが深い溜息をついた。
見てくる、と立ち上がると同時に白石も腰を上げる。
「気をつけて」
囁くように幸村が言った。
おそるおそる、壁に手をつきゆっくりと入口へと向かう。
もしここがふさがってしまっていたらと思うと恐ろしい。
「・・・・・・大丈夫、みたいやな?」
入ってきた洞窟の入り口はちゃんとそこに存在していた。
だがそっと首を出してのぞきこんだ外の世界は様変わりしていて、それまでたどってきた道は濁流で川となって激しく水が岩と泥とを吐きだしていた。崖は崩れ落ちて山の一部が剥がれ落ちてしまったように形を変えてしまっている。逃げ込んだ洞窟に直撃しなくて本当に良かった、と胸をなでおろしながら、まだしとしとと降る鬱陶しい雨を見上げた。
「ここでこのまま夜を明かすか、日が暮れるまでに先へ進むか、だな」
「うーん・・・」
日が暮れるまであと3時間はある。洞窟が絶対に安全という保障はないが、道も分からない先へ進んで良いものだろうか。
「それとも二手に分かれるか、やな」
自分たちが道を探し、救助を連れて戻ってくる、という手もある。
白石がそう言うと真田は眉間に深い皺を刻んだまま首を振った。
「せっかく合流したのにわざわざ人数を減らす事はないだろう。ここから先何があってもこのメンバーで無事に生還する」
まるでそれが使命だ、と言わんばかりの顔に、白石は表情を改めて、そうやね、とうなずいた。
「出発しよう。前人未到の山ではないのだし途中で避難場所や救助隊に遭遇するかもしれん」
「幸村くん大丈夫かいな?」
「・・・・・背負ってでも連れて行く」
彼がそう言うならそうなのだろう。
自分の知らない絆がふたりにはあるのだろうな、と白石は早々に考えるのを放棄した。
自分は自分のチームメンバーを守る義務がある。
みんなのところに戻ると、すでに彼らはすぐそこまで来ていた。
「うわ、こらあかんわ・・・道なくなっとるやんか」
「いやーん!こわーい!」
「大丈夫や小春!俺が守ったる!」
「ユウくん・・・・」
「小春・・・・」
「先輩らきもいっす。てかそれどころじゃないんで」
後輩の冷静な突っ込みに、失笑に似た苦笑が広がる。
「確かに道は泥に埋まってしまっているが全てが崩れているわけではない。足元に気をつけて目的地まで歩いていればそのうちあちらからの救援と鉢合わせするかもしれない」
「金ちゃん、足滑らせたらあかんで」
「それ白石の方やろ!」
元気に突っ込まれて白石は頭をかくとへらっと笑った。
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「だめだ、通じない」
普段の硬い表情をさらに強張らせて、手塚が手にしていた携帯を珍しく乱暴に放り出した。
「今救助のヘリを要請しているところだ。だが強風でなかなか出動できない」
「みんな無事だといいけど・・・・・」
すでに跡部の洋館に集結していた青学と氷帝のレギュラーメンバーたちはそろって暗い表情を浮かべた。
外は嵐だ。ここまで急に天候が変わるものかと、手塚以外は傘すら荷物に入れていなかった連中である。
「おそらく、立海と四天宝寺のやつらはこちらへ向かっている最中だろう」
乾がちらりと腕時計を確認して、ノートを広げる。
「現在午後三時半、か。立海の幸村と真田、仁王は正午すぎには到着する予定だったがこの雨でひどく時間がかかってしまっているようだな。どこかで避難していればいいのだが。四天宝寺も千歳と石田以外はすでに出発しているはずだから、幸村たちと一緒かもしれない。ちなみに小石川は法事で不参加」
「立海の残りのやつらは?」
「切原と蓮二が幸村たちより少し遅れて出発すると言っていたんだが、もし天候が崩れた後だったらまだ出発してないかもしれないな。柳生と丸井、桑原は夜にはこちらへ向かう手筈だから、あちらも今は様子見だろう」
「さっすが乾、詳しいにゃ」
感心したように言う菊丸に、乾は眼鏡を光らせながらノートをぱたんと閉じた。
「昨夜のうちに蓮二から連絡があった。みんな無事に到着できるといいのだが」
鋭い舌打ちが聞こえて皆が振り返ると、跡部がずらりと並べた携帯電話を片っ端から操作していた。
どれも相手との通信が不可能のようだ。
「山ん中やし、電波届かんのとちゃう?」
「留守電も入れたんだがな。ツイッターも反応がねぇ」
とりあえず着信を残しメールをセンターに蓄積しツイッターにリプライとDMを送る。
送信先は全て幸村にしておいた。それはそのまま真田と、おそらく仁王にも伝わるだろうと思ったからだ。
「あれ、ジロー、携帯光ってね?」
「ん〜?」
ソファでごろごろしながらうとうとしていたジローがぶらんと落とした腕を持ち上げて、床に置いていた携帯を拾った。
「うわっ丸井くんからじゃん!全然気付かなかったぜ!」
「はぁ!?おいジロー、早く中を確認しろ」
「う、うん」
夜に到着するはずのブン太からのメール。
なぜジロー宛てなのか一瞬考えたが、幸村に連絡済みもしくは連絡がつかなかった、という可能性が高い。
だからこそ目的地にいるはずのジローに送ったのだろう。
「えっと・・・『赤也と柳と合流、夜出発するつもりだったけどもう出るから昼すぎには到着予定、よろしく』」
「・・・・ジロー、送信時間はいつだ」
「ちょっと待ってー、えっと・・・・十時二十五分」
「雨が降り出す前か。もしかしたら幸村たちとそれほど離れた場所にいないのかもな」
「てことはあいつらも立ち往生してるってことか?」
山中は電波が悪い。この建物内ならばネットも電話も普通に通用するが、外ではやはり圏外になってしまう。
こうなればもう人力でどうにかするしかないわけで。
「大丈夫かな」
瞬時にしてしょんぼりしてしまったジローの頭を何となく撫でながら、あのアホタレ従兄弟は今頃どうしているだろう、と忍足は思った。