「なんでなかとーーーーーーーー!?(訳:何でないんですか!?)」
大きな叫び声が響いて、広間に集まっていた三成たちは何事かと顔を上げた。
年の暮れもせまり、大掃除だおせち作りだ餅つきだと大忙しの大阪城だったが、一応国主だったり軍の大将だったり特権階級の武将たちはそんな慌ただしさとは無縁といった様子でのんびりくつろいでいた。
幸村と佐助、元親は楽しく餅つきぺったんぺったんしているうちにいつの間にか「大餅つき大会大阪の陣〜ぽろりもあるよ〜」の開催をいきなり宣言してみたり、大谷と毛利は「年末だよ全員集合!男だらけの将棋大会〜最下位になったらひとり関ヶ原の戦い〜」を家臣たちを集めて企画、現在予選第四十八戦の真っ最中である。
ちなみに三成は大谷に駒を渡すという重大な任務についているが、大谷と毛利はシード扱いのため本戦が始まるまで仕事が回ってこない。
今は三人そろって餅つき大会を冷やかしながら見学しているところだった。
市と黒田は何やら楽しくお人形さん遊びをしているようだが仕切られた部屋の向こう、最も薄暗い場所で市の「うふふ・・・」という声がする以外変わったことは何もないようだ。たださっぱり黒田の声も気配もしないのが気になるところではあったが、皆忙しいので誰も気づかなかった。
そんなまったりした雰囲気を切り裂くような声に誰もが動きを止め、やがて声のした方を見る。
「あっちは・・・台所か。鬼島津め、いまごろごった返しているだろうところで何を遊んでいるのだ」
「やれ、ちと見て来るか」
「おまえが行く必要などない、私が行く」
そう言って大谷を制し三成が立ち上がると、意外なことに毛利もさらりと音も立てずに腰を上げた。
「毛利?」
「我も行く」
「はあ?」
訝しげに目を細めれば、右手に持ったつきたての餅(黄粉つき)を口の中に放り込んでもっちもっち食べている。
飲み込むのを待ってから(ちょっと咳きこんだので背中を叩いてやった)、何故貴様まで、と聞いた。
「ごほっうえっ、茶、茶をよこせ」
「しっかりしろ毛利、毎年正月は餅を喉に詰まらせて死ぬ老人がたくさんいるでな」
「やかましい、我がそんな無様な真似をするわけがなかろう。毎年我が毛利家で行う啜り餅大会では七十五年連続して優勝であるぞ。ちなみに去年は隆元が三途の川を渡りそうになった」
「突っ込みどころはたくさんあるが忙しいので置いておこう。それより台所に何か用か」
いつもなら自分はまったく動くことなく、小姓あたりに茶を持ってこいみかんを持ってこい寒い眠い失せろ死ねと言いまくるくせに、わざわざ自ら動こうとするなど珍しいにもほどがある。
「良い匂いがするのでな」
「いやここから大分離れているぞ」
「我には分かる。我が名は毛利元就、日輪の申し子であるぞ!!」
「分かった、行こう」
顔色ひとつ変えないが、早々に突っ込みを放棄した三成を大谷が感慨深げな表情で見た。
「三成、ぬしも成長したな。我は嬉しいぞ」
「どうした刑部、何故泣く」
「いや、人間年をとるといかん、涙脆くなる」
「過ぎれば涙も出なくなるぞ」
「枯れておるのか」
「大谷、貴様我に喧嘩を売っておるのか」
「否、すまなんだ」
ぎろりと睨まれ、大谷は包帯で隠された顔にありありと「めんどくさい」という表情をはりつけて、心ない謝罪で手を振った。
「行くぞ」
「・・・ああ」
会話がひと段落したところを見計らい、三成が部屋を出る。
中庭で大量の餅をついていた幸村以下武田軍兵士らと、元親以下野郎共がきょとんと顔を見合わせた。
「おいどうしたふたりとも」
「鬼島津の声がしただろう。少し様子を見てくる」
「いい匂いがするので台所へ行く」
「あ、ああそうかい」
「お待ちくだされ!毛利殿、台所で良い匂いがしたのでござるか!それは一大事、この真田幸村もお供いたしましょうぞ!」
「おい待てよこっちどうするんだよ」
「佐助ェ!!あとは頼むぞ!」
「はいはい」
いってらっしゃい、と手を振る佐助は忙しそうにひたすら餅を丸める作業を行っている。
力のありあまった兵士や野郎共は嬉々として餅つきをしたがるが、細かい作業をしたがる者はほとんどおらず、丸めたり水を汲んだりといったことはほとんど佐助が一手に引き受けていた。
「さあ参りましょうぞ!いざ!!」
「あっ」
おおおおお、と拳を振り上げ、このクソ寒い真冬に熱い魂を燃やす虎若子はふたりを置いて台所へ走り去ってしまった。
「仕方ないやつだ」
置いてけぼりをくらった三成と毛利は同時に肩をすくめて、後を追うのだった。
「おい、何があったのだ」
大混雑している廊下をすり抜け、総大将と中国の主が歩いているにも関わらず忙しさの余り邪魔もの扱いしてくる家臣たちに恐れを抱きながらふたりはようやく台所へたどり着いた。
中はもわもわと熱気に満ちており一気に汗が噴き出すほどだ。
ここでも腕まくりした女たちが忙しそうにあっちいったりこっちいったり、まさに戦場である。
「おお、三成殿、毛利殿!こちらへ!」
見れば奥の方に幸村がぴょんぴょん跳ねながら手を振っている。
歩み寄ると、お雑煮担当チーム総責任者だとか言うひとりの男と島津が向かい合っていた。
「どうした?」
「それが、お雑煮の中身でもめているようなのです」
「中身だと?」
「はっ、これは三成様、毛利様」
男はかしこまって頭を下げながら、冷や汗を垂らした。
「実は・・・」
「雑煮の具に海老がなかと!!こげんこと許されることじゃなかたいね!」
「雑煮の具に海老がないんです、こんなこと許されませんわ!だそうです」
「何弁だ」
「ああ、九州の雑煮は具沢山が多いからな」
「そうなのか」
「地域にもよるが・・・鬼島津のところではやけに立派な車海老を使うのだ」
ふむ、と真剣な表情で毛利が細い顎に手をやった。
「ちなみに我のところの雑煮には餡子餅を入れる。あと毛利家では鰤を入れる」
「ええっ!?お雑煮に餡餅!?なにそれ甘ッ」
驚いた総責任者が思わず敬語を忘れてのけぞる。
三成も目を丸くして、相変わらず無表情の毛利を何か恐ろしいものを見るような目で見た。
「貴様・・・あれだけ餡子餅やら汁粉やら食べておいてまだ足りんのか」
「伝統ぞ」
「うむむ・・・いくら西日本在住の人間が集まっとる言うても、なかなかにばらばらじゃのう・・・」
これは揉めるぞ、と誰もが思った。
そうなると胃を傷めることになるのがやはりこのお雑煮担当チーム総責任者だろう。
「どうしましょうか・・・」
まさかとは思うが、雑煮の中身がきっかけで仲間割れなど起これば天下分け目の戦どころではない。
「なに、簡単なことよ」
ふ、と智将が笑う。
「おお、毛利殿!何かいい策が!?」
「我を誰だと思うておるのだ」
「では毛利、貴様の策とやらを言ってみろ」
さあ、と注目する彼らを順にひとりずつ見て、毛利は自信満々に言い放った。
「全部入れれば良いではないか」
「とぉぉぉぉしぃぃぃの〜はあああじめえええの〜たーめーしいいとてえええええ〜」
「刑部・・・元親がノリノリで歌っているあの歌、」
「言うな三成。良いのだ」
「良いのか」
手に箸を持ち、舞台の上で熱唱している元親を、三成はひどく怪訝な顔で見ていた。
色々と突っ込みたいが大谷が良いのだと言うのなら良いのだろう。
「しかし豪華なお雑煮だねえ」
椀の中を見ながら佐助が呆れたような顔で笑う。
餡餅にどろどろに溶けた餅、白菜に鰤、車海老。かまぼこや椎茸、鶏肉はもちろん、大根白ネギ人参ゴボウ。白味噌か醤油ベースの鰹節かでまたもめたが、結局白味噌にしたらしい。
「佐助ェ!おかわり!」
「これ三成、人参を我の椀に入れるでない。好き嫌いをしては大きくなれんぞ」
「くっ・・・秀吉様・・・私に人参を残す許可を・・・」
ぎりっと箸を噛みながら、三成は花型に象られた人参を睨みつけた。
「もう雑煮はよい、餡子餅を持ってこい」
「これ毛利、かまぼこが残っておる」
「練り物は好かん」
ふい、と顔をそむけて毛利が膳を押しのけた。
「何がダメなのだ」
「ねちねちした食感が嫌だ」
「もちもちした餅はいいのにねちねちした練り物は嫌いなのか。よく分からん」
「貴様こそ人参くらい食べたらどうだ。むしろ生のまま食え。野菜スティックぞ」
「おい刑部・・・」
「いいのだ三成。正月だからいいのだ」
「いいのか」
うなずいて、ふと人数が足りないことに今更気づく。
「そういえばあの女と黒・・・黒田だったか、あいつはどうした」
「はて」
そういえば年末から姿が見えないな、と首を傾げる。
舞台では島津が飛び乗って、元親とふたり寂しい熱帯魚を踊りだした。もう誰も突っ込まない。正月だから何でもいいのである。
「第五天は実家に帰るそうだ」
毛利が餅のお代わりをもらいながら言う。
「実家?・・・そうか。まあ年に一度くらいは里帰りをせねばな」
どこへ、とは誰も聞かない。
「で、黒・・・黒田?はどうした」
「知らぬ」
どうせ冬ごもりしておるのだろう、とそっけなく毛利が言って、大谷もうなずいた。
「何故じゃ・・・」
仕切られたふすまの向こう、薄暗い部屋の片隅で空の椀を片手に黒田は呟いた。
「雑煮と言えば丸餅を焼かずに入れるのが普通だろおおおお!?何故じゃ・・・何故誰も小生のリクエストを聞いてくれなかったんじゃあああああああ!?」
存在を忘れられていたからである。
こうして西軍の武将たちの正月はつつがなく過ぎていった。
幸村が毛利にお年玉をねだったり、徳川家康から年賀状が届いたり、そのお礼に寒中見舞いを出してみたり、しばらく忙しい日は続きそうである。