「容体は?」
足音を殺すように静かに廊下を歩いてきた家康に、部屋の前で座り込み外を眺めていた元親は顔を上げた。さきほどまで怒りのあまりくすんでいた顔色は落ち着きを取り戻したようで、しかし明らかに苛立ちを隠せていなかった。
何故自分がここまで落ち込むのか、それすら元親は理解していないようだった。家康は天下人に似合わぬ仕草で、どっかりと彼の隣にあぐらをかいて座る。ついてきた近習たちが慌てたがそっと手を振って追いやった。柱に背を預け親友が眺める外を同じように見る。穏やかな昼下がり、けれど静まりかえったこの部屋の周辺はどこか不安に彩られているように見えた。怪我人のための世話係数人以外人払いをしてあるせいだろうか。
「どうもこうもねえよ。眠ったままだ」
「・・・そうか」
元就を抱えて駆け込んできた元親を最初に迎えたのは家康だ。心配でたまらず、何度も屋敷を出たり入ったり忙しない天下人を、家臣たちは大層不安がっただろう。
遠くの空が白み始めたころ、見慣れた固まりがこちらへ飛んでくるのを誰よりも早く発見して手を振る。忠勝は静かに、見たこともないようなくらい穏やかに降り立ちゆっくり手を差し伸べた。肩の辺りにしがみついていた元親が降り立って、家康の方へ向かって一度うなずくとぐったりと倒れ伏している元就を抱きあげる。
「全て用意は済んでいる。奥へ運んでくれ」
あちこち細かな怪我や火傷を負っている元親に、一度は元就を受け取ろうとした家康だったが、おそらく何を言ってもこの男は腕の中にいるそれを誰にも預けようとしないだろうことは見てとれる。
なんだ、そんな顔をするほどにやはり心配していたんじゃないか。
松永は、と尋ねると、不機嫌そうに、逃げられた、と一言告げただけだった。
医者と手伝いの者以外部屋へは立ち入らせず、治療の時間はひたすら長く感じた。部屋の外でうろうろしながら待っていた家康たちの前にようやく現れた医者はひどく疲れた顔で、彼らを招きいれた。
「むごいことを」
医者はあまり細かな説明をしようとはしなかった。家康もそれを問いただそうとはしない。ただ、命は助かるのか、きちんと元通り治るのか、それだけ分かればいい。ちらりと目をやると元親はぞっとするほど無表情に横たわる元就を見つめていたのだった。その隠されていない方の目は冷ややかにも見える。だが家康は気づいていた。これは暴れだしたいほどの憤怒と、そして己自身気付いていないだろう悲しみに揺れているのだと。
(ああ元親、もう楽になればいいのに)
彼は泣いただろうか。否、涙をこぼす余裕すら今の元親にはない。
抱きしめてやっただろうか。それとも触れることを躊躇っただろうか。
「・・・元親、しばらくついててやってくれ」
そう言い残し、医者と手伝いの者と共に部屋を出る。家臣らには部屋に近づかぬよう言い渡した。あれからほぼ丸一日たっている。
あのときと同じ行為をしているにも関わらず、吐き気を催すような不快感は何故だろうと冷静に考えるだけの余裕を取り戻していた。とは言えそれはとても通常の思考ではなく、もはや放棄した抜け殻の状態であったと言える。思考と感覚と体をそれぞればらばらに切り離したようなものだ。苦痛と快楽がまぜこぜになって襲ってくるのはどうしようもなくのたうちまわりたいほどの辛さではあったが、耐えなくてもよい、と一度結論付けてしまえばそれはそれで楽だった。
力を抜いた貧相な体にまたがって汚らわしいものを捻じ込み、獣のように腰を振ってうなり声を上げる知らぬ男をぼんやりと見上げ元就は笑いだしたくなった。くだらぬ。このような非生産的な行為に何の意味があろうか。冷ややかに考えている最中も、思考と切り離された体は軋み、勝手に声をあげて咽び泣くのだ。がくがくと揺さぶられしまいには体内に吐き出され、息を整える暇もなく次の男が押し入ってくる。何やら罵声のような卑猥な言葉を投げられたが、意味を理解しようとも思わない。ふと脳裏をよぎるのは、同じ行為であってもあの男はおかしなくらい優しかったな、という昔の思い出だった。大丈夫か、辛くはないか、もうやめようか。生娘を相手にするかのような閨に、まるで侮辱されたようで返って傷ついたことをあの鬼は理解しているのだろうか。
からからに乾ききった喉から絞り出すような声が耳障りだ。それが自分の口から出ているものとも思えないほどひどい。常に体中を虫が這いまわるようなおぞましい感覚に、慣れることはないが、おぞましいものは嫌だ、と受け入れることで僅かな安定を見出す。怖い、辛い、泣きたい、死にたい、という負の感情を抑える必要も耐える必要もない。その分切り離した感覚がどんどんと薄れていく恐怖にも駆られたが、ただ死に向かっているだけだろうと納得した。
『なあ、声、殺すなよ』
『ここが気持ちいいのか?何で睨むんだよ悪いことでも恥ずかしいことでもねえ』
『おまえ本当はこういうの、好きだろう?嫌いなはずねえ』
気持ちいいことは好きなはずだ、などと短絡的で一方的な押し付けをされてどれほど苛立ったか。
『あんたと寝ることに意味なんて考えたことはねえ』
馬鹿にされた、と思った。意味のない行為ほど元就が嫌うものはない。
時間と体力の無駄だ。これは一方的な凌辱である、と突き付ければ、いつだってあの男は怒った顔をして、無理やりしたことはないと言い張る。
断りきれない元就に行為を強いた時点でそれは強姦だ、と思うのだが。
『違うだろう、受け入れたのはおまえだろう』
違う、受け入れたことなど一度もない。
そうやって易々と他人を信用するとどうなるか目に物見せてくれる。
そして国を焼いた。男が愛するものを滅ぼした。
これで分かっただろう、自分は、貴様のことなど何とも思っていない。
耐えよ。
耐えよ。その自らを縛る言葉が、崩れ落ちていく。
「・・・毛利」
優しい声が降ってくる。知った声だが、こんなに優しく、柔らかく呼ぶ声を聞くのはいつぶりか。すでに記憶している男の顔も声も、荒々しく自分を睨みつけ怒鳴りつけるような、そんな場面しかすぐには思い出せない。夢の中の鬼はこんなにも穏やかで、それを全て奪ったのは自分なのだといまさらながらに思う。
「おい、毛利。起きろよ。・・・元就」
もとなり、と名を呼ばれる。
これは確か初めてだな、と不思議に思ってゆっくり目を開くと、のぞきこむようにして精悍な顔の男がこちらを眺めていた。あまりに顔色が悪くてどこかおかしいのではないかと思うほどやつれている。
「・・・・・・・、」
何だ貴様、と声を出そうとして、喉が激しく傷んだ。
思わず眉を寄せて呻くと男が慌てたようにあたふたと後ろを振り返り、ふすまを開けて誰かを呼びたてる。そう騒がずともいいのに、と思いながら、元就はゆっくりと周囲を見渡した。
寝かされているのは上等な布団だ。僅かに部屋の床間と視線がずれていると思えば一段高い床に敷かれているらしい。ご丁寧に御簾で隔てられており部屋に足を踏み入れただけでは見えないように配慮されている。ここまでこの男がお膳立てするだろうか、と不審に思ったところで、いくつかの足音が響いた。
「失礼する」
わざわざそう声をかけ、先頭に立って入ってきた男が御簾の前までやってきて座った。
「毛利、具合はどうだ」
「・・・・・」
どうだと言われても。
喉が痛くて声は出せぬし、体中が鈍く痛んで起き上がれそうもない。それでも思考ははっきりしているのだからこんなに忌々しいことはない。
無言のままなのを気にしたのか、家康は身じろいで一緒に入ってきた医者に何事かを告げたようだった。
「怪我の具合を見せて頂きます」
そう断り、御簾をあまり開かないようにしながらすべるように老人が中へ入った。同じく手伝いの者らしい若い男。幼ささえ残る青年は寝ている元就には何ら興味のない顔であれこれと医者の助けをしている。ふたりはすぎるほど淡々と、体中の包帯を解いては傷口を改め、薬を練り込み、新しい包帯に換え、体温を測り、最後にずっと元就がさすっている喉の様子を確かめた。
「しばらくは不便かもしれませぬが、時間がたてば炎症もおさまるでしょう。それまでご静養なさいませ」
深々と頭を下げ、御簾から出ていく。その様子を一部始終見守っていた家康が礼を行ってふたりを帰すよう家臣へと申しつけたようだった。
残るのは元就と、御簾の向こう側にいる家康、そしてたぶんあの男。
「毛利、その」
ためらうような口調で家康が声をかけ、彼は元親の様子を伺っている。だが何も言わず黙りこくっている友人に、諦めたように息を吐いて背筋を伸ばした。
「傷が治るまでゆっくりしていればいい。ワシは色々と忙しいが、元親がいてくれる。何か必要なものがあったら何でも言ってくれ」
「・・・・・・・・・」
何の説明もなしに必要なことだけ言って、家康はそそくさと立ち去って行った。返事をしようにも元就はまだ口が聞けぬし、元親も何も言わぬ。ひどく気まずいこの空間からさっさと逃げ出したようにも見える。
そもそも何故元親があの寺へやってきたのか、どうやって知ったのか、毛利の家には何と言ってあるのか、そして。
あの男はどうなったのだろうか。
ゆっくりと体を起こそうとして、びりりと雷に打たれたような痛みが全身を駆け巡りうつぶせになって息を吐いていると、元親がそっと御簾を上げて顔をのぞかせた。腕をつっぱり体を起こそうとしているのを慌てて制止し、弱々しく抵抗する細く青白い手を掴む。背中を支えるようにして上半身を起こすのを手伝うが、ぴくりと震えたそれをどう思ったのか、はっとしたように放しておろおろと視線を迷わせた。
その反応が、いちいち胸に突き刺さる。腫れものに触るような扱いをされて快く思うはずがない。だが、そこまで気が回らない単純な男が、何の裏表もなく今こうしてここにいるという証でもある。
うつむいてそんなことをつらつら考えていると、さすがに元親も困ったらしく、おそるおそる手を伸ばしてきた。僅かに迷ったあげく、さらりと流れる元就の髪の毛をそっと撫でる。
「大丈夫か?」
その一言に思わず苦笑いが漏れる。
凌辱され矜持をずたずたに引き裂かれた男に、大丈夫か、と言えるその神経が分からぬ。それでも、おずおずと触れてくるてのひらがあまりに優しいものだから、文句を言うのも忘れて意外と繊細な手つきで撫でられるのを黙って享受していた。海賊、もしくは西海の鬼と言うだけあって無骨なその手はたくましく、おそらく元就の倍はあるだろう太さで、だがからくりを扱う指先はとてもしなやかに動く。うつくしいな、と思う。貧弱でぼろぼろの自分の手とは違う。人望厚い、守るための力強さだ。
ただうつむいたままの元就の髪をひたすら撫で、いつ止めようかと迷っている風でもあった。この腕に抱きしめられ、厚い胸板にぎゅうぎゅうと押し付けられ、子供のようにいたずらっぽく笑うこの男に頭を撫でられた時もあった。嫌がって抵抗しても埒が明かないので、仕方なく男の心臓の音を聴いているうちに寝てしまう癖もあった。誰かの腕の中で眠る、という行為は、元就にとっては愚の骨頂でしかない。殺せと言っているようなものなのだから。どこかで願っていたのかもしれない。
おまえに殺されたい、などと。
家康は元就の世話を元親に任せきりにすることに決めたようだ。彼の処遇に未だに頭を悩ませているとも言える。弱り切った元就に対して力を貸してくれと頼むわけにもいかず、それ以外に会話の仕方も分からず。
単刀直入に言えば、扱いに困ったのである。
起き上がることはできてもまともに歩くだけの体力はまだ戻らず、ぼんやりと庭を眺めたり書をめくる日々を送る元就の側に元親はいた。厳島での悔恨もわだかまりもふたりは口にしない。元就はそばで元親がからくりをいじるのを黙って見ているし、逆もまたそうだ。これが常時であれば、他人の気配がするだけでも苛立つだろうに元就は何も言わない。許す、というよりも消極的な黙認と言った方が正しい。会話をすることはないのだから空気のようなものだ。元親が見ていようといまいと、着替えも食事も寝顔を晒すことすらも躊躇わない。手を貸す元親は優しくて、そこまでせずとも、とちらりと顔を見ると困ったようにそっぽ向いて、けれどやめることはしない。だから抵抗もしない。そのやけに素直な態度が無言で何かを訴えているようにも見えて、元親は理解できずにひとり煩悶する。
触れても彼は何も言わないのだが、たまに何か言いたげにこちらを見つめる。揺れる切れ長の目は色香に満ちているようにも、幼子のようにも見える。頼りなげに一瞬だけ視線を合わせ、慌てたようにそらせるのだ。
言いたいことがあるのなら、声が出ずとも伝える手段はあろう。
何も伝えないまま分かれ、というのは無理難題である。
「なあ」
そうして今日もまた、元親は元就の肩をそっと抱き寄せ、小さく丸い頭を抱き込んで人形を愛でるように撫でる。そうすると猫のように頬をすり寄せて、安堵したように深い深いため息をつくのだ。信頼されている、というのとは少し違う気もする。おそらく元就は、これもまた消極的な心中を抱えてそうしている。いわば『もうどうなってもいい』。ここで元親が首をはねようとしても抵抗しないだろう。悔いている、あるいは贖罪のための行為とも思えない。ただそこにそうしているだけだ。
では、とほんの少しの悪戯心を駆り立てられて元親は体勢を変えると腕の中にいる元就の頬を両手で包みこみ、やや強引に上向かせた。何の表情もない。血の通った不思議なからくりのようだ。うつくしいものはたくさん集めたが、触れて暖かい宝はひとつだけだ。もう、おのれのものではないけれど。
薄いまぶたを指の腹でそっと撫でるとぴくりと眼球が動くのが分かった。そのまま目の下をさすり、なめらかな頬を撫で、薄く紅い唇を撫でる。ひとつひとつ丁寧に鑑定しているような気分にすらなる。極上の宝だ。息遣いすら聞こえない。身をかがめて自分の唇をそれに押し当ててぺろりと舐めると小さく肩が揺れた。ふ、と細い息を吐いていやいやをするように身をよじる。
無理強いはしない。傷つけたいわけではないのだから。ただ、彼の反応が見たかった。いつものように、それこそこれまでのように怒りで目をつりあげて殴りかかってくればいい。声が出ない分暴力に訴えるくらいのことはするだろう。だが予想に反して元就は、拳で口元を押さえたままうつむいて動かなくなってしまった。
困るのは元親である。それほどまでに彼は心に傷を負ったのかと、それを抉るような真似をしてしまったと後悔してももう遅い。そう、いつだって自分は毛利元就という複雑な男の中身を知るのが遅すぎる。
「ご、ごめんな?」
おずおずと顔を覗き込んで謝るが、元就は顔を伏せたままだ。どうしよう、とことさらうろたえながら、細い肩を抱きこむ。
「・・・や、か」
「え?」
掠れた小さな声がぼそぼそと聞こえて、元親は近い場所にある元就の顔にさらに耳を寄せた。息がかかってくすぐったいが、聞き逃さないようにべったりとくっつく。
「いやか、と、申した」
喉が痛むのだろう、無理に声を振り絞るような表情に困惑しながら瞬きを繰り返す。
「なにが?」
「そなた・・・」
そこで言葉を区切るとけほけほと辛そうに咳をした。
「いい、しゃべるな。筆談でいいだろ」
本当はもっと声が聞きたいけれど。
そんな思いを顔に出さないようにしつつ、元親はいつになく焦った様子でぱたぱたと紙と筆を用意して、細い指に握らせた。
だが元就はそれをぽいと床に放り出し、元親の胸倉を掴んで顔を引き寄せる。ぞっとするほど美しい白い顔が目の前に突き出され、抗うこともできずごくりと唾を飲み込んだ。押し倒してしまいたい、そんな欲求はもちろん行動に移すことなどできず床の上に置かれた海賊の手がうろうろと指を動かして何もない場所へ救いを求めるようだった。
「いやか、他の男に、抱かれた我は、いやか」
汚された身はおぞましいか、触れたくもないか、嫌いか、と、立て続けに掠れた声で必死に言い募る。見たことのない元就の様子に、段々と元親は肝が冷えて、しがみつく体勢になっている彼の腰を抱き込むとあやすように背中を撫でた。
「どうしたんだ、急に」
いやなわけないだろう。
ただ哀れだと思っただけだ。
痛かっただろう、苦しかっただろう、かわいそうに。
そう言葉を紡いできつく抱き寄せる。骨ばった華奢な体は硬くて痛いけれど、するりと触れる肌はしっとりと陶器のようで、血の巡る道に指をたどらせればほんのりと色づくのを知っている。いのちを吹き込むように何度もたどればやがて全体が赤く染まってそれはみごとに花が咲くのだ。
見たいな、と思う。
匂い立つような色香にもう一度焦がれる。
「いつだっておまえは綺麗だ」
僅かに寝乱れた後のある布団に押し倒して鎖骨のあたりに舌をはわせると、ぴくりと足がばたついた。これは続けろということなのか、それともよせという意味なのか、どちらにせよ元親は放す気は毛頭ない。いやか、などとわざわざ聞いてきたということは、触れろ、と言っているようなものである。だから好きにしていいだろう、と勝手に結論づけた。元就にしてみればたまったものではないだろう。嫌悪しか抱かぬ行為に延々嬲られた後だ。いちいち肌をすべる手つきにざわりと鳥肌を立てたとて、文句を言われる筋合いはないが、そこをしつこく責めるのもどうか。
上半身をねじるように顔をそむける元就の頬を両手では挟み込み、さあ食っちまうぞ、などと脅しながら唇を重ね強く舌を吸い上げた。水の音がぴちゃぴちゃと響いて、ん、ん、と甘い息が鼻から漏れる。ばたついた拍子にすっかり乱れてしまった着物の裾をさりげなく割って、布の上からそっと握ると派手に体が震えた。
怖いか、と顔をのぞきこむと、唇の端から唾液が糸を引いていやらしく光っている。目の縁を真っ赤にして睨み上げる姿は極上だ。襲ってくれと言っているようなものだ、とは勝手な解釈か。
やわやわと揉みほぐすようにしつこく刺激を与えながら、嫌がる割にいつの間にか元親の首に巻きついた白い腕がぎゅっと力を込めるのを楽むように薄く笑う。きっとひどく意地悪な笑みを浮かべているだろうな、と他人事のように考えて唇を噛みしめ声をあげぬよう堪える元就の耳元へ顔を寄せる。
「声出すの辛いんだろ」
「ん・・・」
強弱をつけて下半身を愛撫しながらどろどろに濡れた布を放り捨てて直に握りこむと、鋭く息を飲んで元就が大きく背をのけぞらせた。よしよし、と幼子をあやす様に抱きこんでやりながら顕著な反応を見せるそれに指を絡め前後に動かしながら奥にある中心部分に指の先を突き入れる。
「ふ、あっ、んぁ、ァア!」
おそろしい感覚がよみがえり全身を震わせて涙を流す元就に、少し早まったかとばつの悪そうな顔で元親が小さくごめん、と漏らした。
「ち、ちがう」
慌てて首を振って元就はすまさそうな顔の男にしがみついて表情を隠すようにうつむいた。
「いや、分かってる。怖いよな」
散々凌辱された体は恐怖と苦痛の記憶が深く刻まれている。だからこそ優しく抱いてやりたい。
「痛くしねえから。そのまましがみついてていいからな」
これ以上ないほど低く優しい声が耳のすぐそばでして、元就はうん、うん、と小さくうなずくことしかできなかった。
少し落ち着いた頃を見計らい、小さく刺激を続けていたためにすっかり濡れそぼっている指を奥へと移動させて指の先で引っ掻くように具合を確かめ、呼吸に合わせて少しずつゆっくりと奥へ奥へと挿入していく。ふるふると小さく震える元就は必死に男にしがみついて、肩のあたりをきつく噛んでいた。じわりと鈍く痛むそれすら元親にとっては嬉しい痛みだ。ろくに声が出せない代わりにこうして子供のように、もしくは猫のように分かりやすい反応を見せてくれる。
節くれだった指が内壁をこすりゆっくりとかきまわす度に元就の足のつま先が揺れる。最も深い場所へ突き入れ内側をこすった瞬間、元就の体が大きく揺れた。
「ああっ、っ、!!」
びくん、と背をそらせ泣きそうな細い声がしたかと思うと先走りでびしょびしょに濡れた先端から脈動に合わせて白いものが噴き出した。足を濡らし、ぽたぽたと床へ落ちて染みをつくるそれをぼんやりと眺め、はっと我に返って元就は赤面する。耳まで赤くしてうつむきしがみつく腕に再び力を込めた愛しい存在に、元親はくっくっと喉を鳴らして笑った。
「可愛いなおまえ」
「う、うるさ・・・」
けほっ、と小さく咳きこんで厚い胸板をばしばしと叩く。
好きにさせながら、元親は真っ赤な唇を自身のそれで塞いだ。
「ゆっくりしてやるから、いれていいか」
「ばっ、」
馬鹿か貴様、と囁きぷいとそっぽ向いた顔にもう一度口付けて、抱え込んだ元就の両足を深く折り曲げた。足に負担をかけぬよう、自分の肩にかけさせる。
「んっ、くぅ・・・っ」
「きついか?」
きついに決まっている。それでも分かっていて元親は気遣うし、元就は首を振るのだった。
すでに大きくそそりたつそれをゆっくりと沈めていく。早く埋め込んでぐちゃぐちゃにかきまわしたい欲求に駆られるが、深く深呼吸して落ちつけ、落ちつけ、と元親は何度も心の中で唱えた。竿の部分をこすりつけ、互いの心音に合わせるように数度、先だけ行き来させてから、一気に貫いた。
「あぁ・・・っ!ぐぅ、ん、んん・・・・っ!!ぁあああ、はぁ、」
激しく脈動する熱いものが内壁を焼き、粘膜をこすって耐えきれぬほどの衝撃をもたらす。見知らぬ男たちに犯されたときの比ではない。それはきっと、自分もまた欲情しているからに他ならない。ただ凌辱されているのではない、抱かれている、という自覚があるからこそ、感じるのだ。
入りきるところまで全て埋め込んで、呼吸が落ち着くのを待った。見下ろす元就の表情は快楽と苦痛がごちゃまぜになっているようで、放つ色香は目も眩むほどで。たまらなくなる。泣かせたい、ひどいことをしたい、と嗜虐心が煽られる一方で、大事にしたい、優しくしたい、という思いが膨らんで葛藤するのだ。当然、本気で傷つけようなどとは微塵も思わないのだが。
「動いて、いいか?」
元親もそろそろ限界だ。熱く、ひどく気持ちのいいところで止められている苦痛は計り知れない。元就は固く閉じていた目を開いて、心配そうにこちらを眺める鬼に小さくうなずいた。何も怖がらなくていいのだ、お互いに。
小刻みに体を揺らして的確に感じる場所を刺激してやれば、枯れた喉からやがて艶めいた声が上がるようになった。
「あ、あ、ああっ、ふ、んんっ!い、いやぁ、あ!」
「全然嫌がってないぜ。さっきいったばかりなのにもうこんなんなっちまってる」
ほら、と指で敏感な部分を弾かれると、あられもない声が上がって先端から白い液体が流れ落ち、ふたりの腹部を濡らした。
「くそっ、」
二本の足を抱え直し、元親はそれまでの遠慮と気遣いをほんの僅か捨て置いて、がむしゃらに腰を振った。肉をうつ音と粘着質な音が響き、必死に飲み込もうとする嬌声と荒い息遣いが混ざって甘さと狂気に似た空気に満ちていく。
元就の体内で埋め込まれたものの熱と質量とか増大したのがはっきりと分かった。
く、と呻く元親の額から汗が滴り落ちていく。
「中に出して、いいか」
いちいちそんな確認をしてくるのがおかしくて、元就はつい笑ってしまった。
「んっ、いま、さら・・・あっ、何、を・・・ああっ、んっ、・・・っ!」
「はっ、でかい口ききやがって」
泣きながらそんな可愛いこと言うなよ、と呟いて、息をつめた。
「ぁああああああ!」
一段と奥深くまで捻じ込んで精を放たれる。
熱いものを受け止めて、じんわりと内部を侵食されていく感触に元就もまた知らず達していた。
「はっ、は・・・」
苦しそうに空気を取り込む元就の上に覆いかぶさるようにして、元親は彼の額に浮かぶ汗を丁寧に舐めとる。
ゆっくりと体を引き抜くと、どろりと大量の精液が流れ落ちて布団や床をべとべとに汚していった。
「大丈夫か?」
頬や額に張り付いた髪をそっとかきわけてやり、どうせ汚れているのだからと布団の端で足の間をぬぐってやる。
「・・・ん」
ぼんやりとうつろな目で小さく肯定してから、元就は時間をかけて体を横に倒すと、同じように隣りに寝転んだ元親の顎の下に頭を乗せて、浮き出ている喉仏を噛んだ。
「そなたになら」
「・・・ん?」
そなたになら、殺されてもかまわぬぞ。
決して口に出しては言わないが。
元親の心臓に耳を寄せているうちに、心音が重なって心地よい眠りに誘われる。
「元就?寝たのか?」
仕方ねえなあ、と優しい声が降ってくる。
誰かの腕の中で意識を飛ばすなど愚の骨頂だ。
けれど、それもまた悪くないと元就はゆっくり夢の中へ沈んでいくのだった。
<了>