「いって」
ずずず、と音を立てながらお茶を飲んでいた元親が、ふいに声を上げると顔をしかめて湯呑を置いた。
「どうした?」
目の前でばりばり醤油煎餅をかじりながら元就が顔を上げる。
てのひらサイズの煎餅を丸ごとかじる姿は必死な小動物か何かのようで可愛い。
細かく割って食べる女の子もいるが、一生懸命に大きなものをがじがじする方がもっとかわいいに決まっている、いや元就だから可愛いのか、とつらつら考えていた元親だったが、眉間にしわを寄せたまま頬杖をついた。
「口内炎できちまってさ」
「口内炎?噛んだのか」
「うーん、そうかも」
ちょうど左頬の内側、柔らかい肉の部分に大きな口内炎があるという。
「いつからだ?」
「分かんねえ。ああ、でも昨日の朝だっけか、思いきり噛んだ、ような」
「ふむ」
見せてみろ、と元就が真剣な表情で言う。
このくらいでそんな大袈裟にせんでも、と元親は思ったが、身を乗りだしてきた元就がやっぱり可愛くて、そのまま自分もテーブル越しに身を乗り出すと口を大きく開けて見せた。
「ここ。ここ。見える?」
「ううん・・・よく分からんが」
首を傾げながら元就はそっと元親の頬を片手で撫でた。
お、と思っていると息が触れ合うほどに距離を縮めて、形の良い鼻がこつんとぶつかる。
「元就?」
「ん。したくなった」
「え、ええ!?」
何、どういう風の吹きまわしだ俺明日死ぬのか。
びっくりしすぎてテーブルの上の湯呑を倒してしまった。
ああ早く拭かないと、とおろおろしつつ、それでもじっとこちらを見つめる奇麗な瞳から目をそらすことなどできず。
「元就・・・・・・」
甘く唇を噛むと、ん、と声が上がる。
調子づいた元親はさらに深く唇を重ねて、細い肩を抱いた。
するりと細い腕が上がって元親の首の後ろに回る。
元就はしがみつくようにしてぎゅうと元親を抱きしめた。
いつも抱きしめる側の元親は骨ばった、けれど熱い体温が嬉しくて、ついいい年した男のくせに甘えるように何度かすりすりと頭を動かす。
薄く開いた唇に舌を入れようとしたところで逆にぬるりと生暖かい舌が割って入ってきた。
こんなに積極的なのは初めてだ、と思いつつ熱は上がる一方で、早くこのまま押し倒してしまいたい、テーブルが邪魔だ、いやそれよりもテーブルの上に散乱している煎餅が邪魔だ、などと考える。
が、次の瞬間びりっと激しい痛みが襲ってきて、思わず元親の肩が跳ね上がった。
「ん!んーーーー!!!!!」
痛い、痛い!
元就は舌で的確に元親の左頬内側にできた口内炎を探っているのだ。
ちょっとした刺激でも泣きそうなくらい痛いのに、そこをすぼめた舌の先でつついてくるのだからたまったものではない。
押し戻そうと肩を押すが、がっちりと首の後ろを抱きこまれ、身動きがとれない。
否、本気で抵抗しようとすれば体格差があるのだから簡単に逃れられる。
が、それでも珍しく積極的な元就と、その甘い熱がひどく惜しいと感じてしまう。
(やべぇ気持ちいい!でも痛い!ていうか痛い!!!)
混乱する頭と痛みを訴える口内炎をなんとか宥めすかしつつ、何度も唾液を呑み込みながらなおも口内炎をつついてくる元就の舌に自分のそれを絡めて引き剥がしてしまおうとするもどうもうまくいかない。
「ん、・・・ふ」
(あ、やべぇ)
腰が重い。下半身が反応し始めていて、元就にここまでねだられたことなど一度も経験のない元親は興奮でいっぱいいっぱいである。
が、さあもうひといき、といったところで、元就がくすりと笑ったような熱い息が伝わる。
(ん?)
ちゅ、と一度軽くくちづけられると、元親の首にまわった腕に力がこめられ、そして。
がりっ。
「いってええええ!!」
思いきり唇を噛まれた。
ようやく解放されて血の味のする唇を舐めながらどういうつもりだと問い質す暇もなく、元就はにやりと笑って、言い放ったのだった。
「明日にはもうひとつ口内炎が増えるであろうな」