凶王と智将が仲良く買い物に行くお話





 
 時は戦国。
 群雄ひしめく乱世にあって、天下分け目の戦あり。
 日の本を二分する大きな戦の影はひたひたとすぐそこまで忍び寄っていた。 



 さて、そんな中、東軍総大将徳川イェヤスゥを打倒しようと日々荒れ狂う、西軍総大将、凶王こと石田三成は、朋友にして軍師にしてオカンである大谷吉継に呼ばれ、座していた。
 向かい合うは暗くどこか冷たい空気が漂う彼の部屋だ。ここに立ち入ることができるのは三成と、そして大谷が皮肉交じりに「同胞」と呼ぶ毛利元就だけである。
 三成は猫背ぎみの体をゆっくりのばし、まるで叱られる前の子供のようにどきどきしながら大谷の顔をのぞきこんだ。
「それで刑部。私に何の用だ。私は忙しい」
「ほう、何をしていた」
「わら人形を編んでいた。右手親指の角度の調整が上手くいかないので長曾我部にでも手伝わせようかと思案していたところだ」
「そうか」
 珍しくおとなしいと思ったらそんなことをしていたのかと、大谷は呆れながらうなずいた。
 趣味があるのはいいことだ。三成も大人になったなァ。
「それはまずは横に置け。それよりも三成よ、ぬしには言いたいことがある」
「なんだ。何でも言え」
 若干逃げ腰になりながら、三成はついと目をそらせる。
 もしかして今朝こっそり日輪を拝む毛利の背中に『ばか』と書いた紙をはりつけたのを咎められるのだろうか。
 あれは昔、敬愛する竹中半兵衛がよく黒田にやっていたいたずらである。
 いつか試してみたいと思ってじっと機を伺っていたのだが、相手はあのいけすかない毛利にすると初めから決めていた。
 日輪を拝んでいるときと池の鯉を眺めているときは周囲の気配に疎くなることを知った三成はさっそく今朝試したのである。
 恐惶を使ったので見えなかったのだろう、自分がやったことはどうやらばれていないようだが、何故か昼頃から長曾我部の姿が見えなくなった。探さないとわら人形が完成しない。
「良いか三成よ。ぬしは我慢が足りぬ。それがわれはちと心配でな」
「我慢か」
「そうよ我慢よ。近頃の若者はキレやすいと騒がれておるが、ぬしのは行き過ぎであろ。例えるなら車のくらくしょんがうるさいと運転手を引きずり出して何を勘違いしたか自転車のベルをハンドルにとりつけるくらいキレやすい」
「なるほどわからん」
 首を左右に一度ずつ傾げる。
 大谷はそうか分からぬかぬしにはちと難しいかと、怒りもせずうなずくばかりだ。
「つまりかるしうむが足りんのよ」
「かるしうむとは何だ」
「骨よ」
「骨か」
 骨は大事だ。
 大谷はついと包帯を巻いた腕を上げると、何故か至近距離でこちらをじぃっと見つめている三成の額をつついた。
「それと甘味だ」
「骨と甘味が足りないのか。骨と甘味があればキレやすいいまどきの若者を卒業して盗んだ滑車で走りだすダメな大人になるのか」
「三成よ、滑車は盗めぬわな。盗むのは馬よ、馬」
「そうだな。滑車を外すのは容易ではない」
「それにキレやすい若者をせっかく卒業したのにダメな大人になってはいかん。もう少し頭の良い大人にならねば」
「おまえのようにか」
 特に何も考えずそう言うと、大谷は実に嬉しそうに咽喉を鳴らして笑うのだった。
「ひっひっ、なぁにそう世辞を言わずとも良い、良い。そこでだ、これをぬしに預けるゆえ、使いに行ってきてはくれぬか」
 そう言って、背後にあった箱から銭の入った袋を取り出し三成の手の中にぽんと置いた。
 渡されたそれをしげしげと眺め、中身を確認する。
「買い物に行けと」
「頼まれてくれぬか。なぁに、釣りは全部小遣いとしてくれてやろ」
「だめだ!小遣いはちょっとでいい!」
 銭の入った袋をまるで秀吉様の仇(家康)であるかのように握りしめ、汗でしっとりと濡れるほどにぎりぎりと潰しながら叫ぶ。中の金が曲がってしまわねばいいがとちょっぴり心配しながら、大谷は笑顔を向けた。
「そうか。ぬしは本当に欲のない男よ。やれ感心、感心」
「そう褒めちぎるな刑部」
 照れ照れしながら三成は顔を上げた。
「それで何を買ってくればいいのだ。薬か。それともィイエヤスゥの首か」
「さきほど言うたであろ。かるしうむと甘味よ」
「分かった。その辺の適当な誰かを切って骨を削り取り砂糖漬けにして持ってくればいいのだな。金は必要ないから・・・つまり全部私の小遣いに!?」
「ならんなぁ」
 勢いあまって立ち上がりかけた三成の膝の裏を押してたしなめる。
 三成はあっさりと崩れ落ち、畳で膝をしたたかにうった。
「ではどうしろと」
「魚と、甘味はぬしが選ぶか同行者に選ばせるとよかろ。どうせ甘味の方はやつの腹の中におさまるゆえ」
「・・・同行者だと?」
 非常に嫌な予感がする、と顔をしかめたところで、たーん!と勢いよく戸が開き、がたっと外れて三成の頭の上に落ちてきた。
「貴様ァアアアアア!!」
 破れた戸の間から頭を出し怒り狂う姿に、突然の闖入者が笑う。
「ふん、さすがは凶王。その前髪で戸を貫くとはなかなか愉快」
「貫いたのは私のつむじだ!てっぺんだ!!断じて前髪ではなぁい!!」
 怒鳴り返し振り向く。
 そこには今朝背中に『ばか』と書いた紙をはり付けてやった、くだんのいけすかない毛利がいたのだった。
「なっ、何故貴様がここに・・・はっ!」
 慌てて頭から戸を取り去って、じりじりと尻で後ずさりしながら大谷のそばへと寄って行く。
「まさか・・・もうばれたのか」
「ほう、やはり貴様だったか。やることが子供すぎて笑えるわ。貴様よくも」
「何故ばれたのだ!今朝日輪を拝んでいた貴様の背に『ばか』と書いた紙を貼ったことが何故ばれた!」
「貴様よくも我がしかけておいた家康の臭いがしみついた手ぬぐいで作った『阿呆石田三成ホイホイ』を勝手に『捨て駒ホイホイ』に改造してくれたな・・・え?」
「え?」
「ほれふたりとも。早に行かねば日が暮れるぞ。・・・よっこいしょ」
 固まっているふたりを見てぽん、と手を打ち、大谷がゆっくりと立ち上がった。
 慌てて三成が彼に寄り添い腕を支える。
「毛利を呼んだのもわれよ。三成、ぬしでは何を買えば良いか分からぬであろ」
「ちょっ、ちょっと待て何故私がこんな日輪馬鹿と買い物になど行かねばならん!」
 ひとりで行くわヴォケ、と言いかけた三成の頭を、後ろから毛利がはり倒した。
「やかましい。良いか、我は大谷に言われて仕方なく、貴様に社会勉強をさせてやろうとしているのだ。黙ってついてくるが良い。・・・大谷、分かっておるな?」
 きっ、と冷たいまなざしで毛利が大谷を睨んだ。
 大谷はにやりと笑い、うなずく。
「もちろん分かっておるとも。その金で好きなだけ甘味を買え。9割9分ぬしにやろう」
 そう返す大谷に毛利は満足そうにうなずき、三成の前髪を引っ張った。
「いたっ、貴様そこを持つな痛ッ」
 ずるずると三成がひっぱられ、離れていく。
「ああああああ刑部ううううう行くなあああっ!私の元から離れるナァアアアアア」
「やかましいわ!早くしろ、うまか屋の限定日替わり大福すぴりちゅあるセットが売り切れてしまうではないか!走れ!今こそ貴様の『殺してやるぞぉ』の出番ぞ!いつものように海老ぞりにならぬか!」
 ぐいっと、ほれぐいっと反れ、と背中を叩かれながら三成は毛利とともに去って行った。
 遠くから慟哭が聞こえてくるが、大谷は聞こえないふりをして再び座り込む。
「やれやれ。これで少しは仲良しこよしになってくれると良いが」
 この場に長曾我部がいればまずこう言っただろう。
 無茶言うな。



 何故か全力疾走した後のような荒い息をしながら、三成は今にも千人斬りを始めそうな形相で街を歩いていた。
 通りすがりの町人たちは慌てて彼を避けるようにしながらひそひそと囁き合う。
 隣を歩く毛利は全く気にしない様子で、目的地のうまか屋まで早足、というよりも競歩に近い速度で歩いていた。
「貴様覚えていろ。刑部がいなければ今頃貴様の首と胴体は離されているところだ!」
「残念であったな、首と胴体が離されたところで何の問題もない。我は人間ではないゆえ」
「・・・なん・・・だと・・・」
 しれっと子供でも騙されない嘘をつく毛利に、三成はカッと目を見開いた。
「そうか・・・日頃からどこかおかしいと思っていたが・・・」
「は?」
「そうか、そういうことだったのか。だから毎日太陽を拝んでいるのか」
「はァ?」
 何を勘違いしたのか、ぶつぶつ言いだした三成をしばらく眺めて、毛利はまあいいかと放っておくことにした。
 そう、我は日輪の申し子なのだからちょっとくらい勘違いされてもいいんだもん。
「そうか・・・だからあの兜はあんなに・・・」
「さっきから何を言っておる。ついたぞ」
 ぴたりと足を止めたのは、大きな墨文字で『うまか屋』と書かれた一件の店の前だった。
 すでに多くの女性陣がきゃあきゃあ言いながら戦場の足軽よろしく戦いながら物品を漁っている。
 店頭に張り出されている『限定日替わり大福すぴりちゅあるセット』と書かれたポスターはもはやぼろぼろである。
 どうやら数はあまり多くないらしく、それをよこせババァ、ひっこめ小娘!といった実にさわやかな怒号があちこちから上がっていた。
 三成は恐れをなした表情で立ちすくみ、ぶるぶると震えだす。
「こ、ここに突撃しろというのか・・・秀吉様・・・この試練、私は乗り越えることができるでしょうぐぁはァっ!」
「くどくど言ってないで進め!」
 背中を蹴飛ばされ、けつまずいた三成は女性陣たちの間に割って入るように飛びこんでいった。
 とたんに殺気に満ちたいくつもの鋭い視線にさらされる。
「ひっ・・・きききき貴様らなんか怖くないんだからな!」
 癖のように腰に差した刀の柄を掴もうとして、何故かすかっと空振りする。
「あっ?ああああっ?」
 ない。
 分身のようにいつもそばにあるそれが消えている。
 はっとして振り返ると、大小様々な女衆たちの向こう側で、毛利がにやにや笑いながら三成の『無名刀・吉』をばっさばっさと振っていた。
「励むがよい!我は魚屋の『うおっちゃん』へ行く。役割分担ぞ」
「きっ、貴様アアアアアアアアア!!!」
 地団太踏むがもう遅い。
 次の瞬間にはもう、人殺しの目をしている女たちの戦場へと引きずれこまれ、前髪は乱され、着物は半分脱がされ、左乳首にはバンソウコウが貼られ、あちこちにひっかき傷ができ、何故か顔中を紅でぬりたくられて、半泣きの状態で限定日替わり大福すぴりちゅあるセットをひとつ確保した三成はぽーん、と店の外へと投げ飛ばされたのだった。
「うっ、うっ・・・」
 どうにかひとつだけ買えたそれを抱きしめるようにしながらうずくまり嗚咽を漏らす。
 秀吉様、半兵衛様、私はこの試練、耐えました!
 ざっ、と目の前に影ができる。
 はっとして顔を上げると、実にさわやかな笑みを浮かべた毛利が手を差しのべながら、言った。
「良くやった」
「・・・毛利・・・」
 毛利に褒められた。
 ありえない。
 三成は涙をぬぐうのも忘れて、彼の細い手を眺めた。
 あの毛利元就がだ。
 さわやかに笑いながら自分を褒めたのだ。
 こんなことがあっていいだろうか?いや、いいはずがない。ていうか気持ち悪い。
 不審そうに見つめる三成に焦れたのか、毛利は笑みを深めると、言った。
「早くそれを寄こせ下衆が」
 やっぱりいつもと変わらなかった。