元就さんは女子高生




 
 
 午前七時半。
 武家屋敷と洋館がくっついたような豪邸の、洋館の方の玄関で門を開けてもらいしばらく待っているとがちゃりと重そうな扉が開いて中から少女が現れた。
「よう、おはようさん」
「おはよう」
 いつものように片手をあげて挨拶をすれば少女もまたいつものように無表情のままこちらを見上げてうなずく。
「元親殿、おはようございます。おふたりともいってらっしゃいませ」
「行ってくる」
「おはよう。行ってきます」
 きっちり四十五度の角度で深々とお辞儀をする執事にそれぞれ言葉を投げかけてふたりは門をくぐった。
 因縁の相手である。けれど、縁は巡り巡って現世で再び出会った。
 かつて西海の鬼と呼ばれ四国を治めていた長曾我部元親は、鬼でも王様でもなくごく普通の一般家庭の長男として。
 かつて謀神と呼ばれ中国を治めていた毛利元就もまた、はかりごと得意なわけでもなく王様でもない、けれど一般庶民とはかけ離れた大富豪の娘として。
(娘、なんだよなあ)
 いわゆる「お嬢様」の類である。
 並んで歩くと大体いつもつむじしか見えないよな、と見下ろす先には、身長差にして約三十センチの小柄な少女が急ぐわけでもなくぴんと背筋を伸ばして歩いている。
 平均的な身長よりも小さく、百五十あるかないかだろうか。肩の上あたりで揺れる栗色の髪は昔と変りないが、違うと言えばこの間の誕生日にプレゼントした髪留めをたまにつけてくれるくらいだろうか。かつて釣り上がり気味だった切れ長の目も、今では猫のように大きくくるくると様々な顔を見せる。あまり表情に変化がないのは同じだが可愛げという点では天と地ほどの差があるだろう。
(まあ、いい年した野郎と女子高生を比べるのもアレだよな)
「何をじろじろ見ている」
「お?」
 真正面を向いて歩いていたくせに、元就は煩わしげに顔をあげてす、と目を細めた。
「どうせまたいやらしいことを考えていたのだろう?これだから・・・」
「ち、ちげーって。おまえ丸くなったなーって」
「んなっ」
 性格が、と言おうとしたのだが、元就は一気に顔を赤らめるとぱくぱくと口を開けたり閉じたりした後唇を尖らせてそっぽ向いてしまった。
「失礼な、太ってなどおらぬわ」
「え?いやそうじゃねーって。性格が、可愛くなったなって思っただけだよ」
「だだだだいえっとするべきか・・・」
「聞けよ」
 それ以上細くなってどうするんだ、と苦笑しながら手首を掴む。細めのベルトの腕時計はさりげなさと質の良さがほどよくマッチしていて、おそらく値の張るものだろうが女子高生がつけても目立たないよう、配慮されたものだ。ほどよくフリルのついた私服のワンピースとか、サンダルとか、小物類にしても洗練されているのは何も元就のセンスではない。全てはかつては忠実な家臣にして現世の執事筆頭、清水が手配したものである。数百人が同じものを着る制服においても、堅苦しくなく、それでいてだらしがなく、そつのない着こなしはさすがお嬢様と言ったところだろうか。そんな元親はネクタイすらつけていないのだが。
 相変わらずあのおっさんおもしろいくらい元就のこと好きだよなー、などと思いながら、人気のないところまで彼女の手を離さずにいた。
 高級住宅街の、路地を曲がるすぐそこまで、ほんの数十メートルだけれど、この道を歩く時だけは手を繋いでも怒られない。すっぽりてのひらに収まるほどの小さな手を柔らかく握り込むと遠慮がちに握り返されるのが嬉しくて毎朝の日課になってしまった。
 角を曲がる直前少し歩くスピードを落とすのも毎朝のことでこの手を放したくないからだが、元就はのろのろ歩く元親を引っ張るようにして先へ行ってしまう。
「元親、だらだら歩くな!遅刻するぞ」
「待てよ」
 角を曲がる瞬間光の速さであっけなく手を放されてがっかりする元親だったが、元就は全く気にしない様子だった。すぐに隣の路地から同じタイミングで大通りに出てきたクラスメートと顔を合わせる。
「おっ、おふたりさん今日もぎりぎりだね!おっはよー」
「よう慶次。おはようさん」
「おはよう」
 ぎりぎりと言う割に呑気に手を振りながら慶次が歩み寄ってくる。長いポニテが風にふわりと揺れて、毎日変わる髪飾りは今日は桜の簪だった。ガラスでできているそれがキラキラと太陽に反射して光っている。
「なんだよ、もう夏になるのに桜?」
「そうなんだよー。昨日アジサイ柄のりぼん買ったのにまつ姉ちゃんがつけて出かけちゃった」
 でも桜好きだからこれなんだー、と指でさしながらにこにこと笑った。大柄な男子高生のくせにそんな仕草が似合うのだから、奇妙ではある。決して女々しいわけではない。似合うのである。さすが京町出身のお祭り男。
「毛利さんも似合いそうだよね簪」
「この長さではつけられない」
「まとめられるよー。俺やってあげるよ」
 と、さりげなく元就の髪に触れようとした慶次の手を容赦なく元親がはたき落した。
「さーわーるーなっ!これ俺の!勝手に触るの禁止!」
「誰がおまえのだ誰が」
「なんだよ元親、やきもち?可愛いねー恋だねえ」
「るっせ!!」
 ぎゃあぎゃあ騒いでいると今度はクラクションを鳴らして黒塗りの高級外車がゆっくり横づけに止まった。
「good morning!早くしないと遅刻するぜ?元就さん、乗ってく?」
「うむ」
 これまた同じクラスの伊達政宗が余裕の笑顔で手を振ってきた。運転席の小十郎が小さく頭を下げる。
 元親と慶次を放置してさっさと後部座席に乗り込もうとする元就に、慌てて元親は声をあげた。
「ずりー!俺も乗せてくれよ」
「俺も俺も」
「Ha!冗談じゃねえ、俺が野郎にそんな優しいことするわけねえだろ。出せ」
「ちょ、」
 元就に続いて乗り込もうとしたドアが自動でばたんと閉じて、車は滑るように走り去ってしまった。


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「夏合宿?」
 首を傾げる元就に、元親や慶次、政宗、そして隣のクラスの幸村と三成、家康が同時にぎょっとして変な顔をした。
 しばらく雨が続いたが今日は朝からよく晴れている。日中は三十度近くまで上がり夏日だったが、冷房の利いた校舎内は快適で、七人はいつものようにカフェルームの一角を陣取って昼食をとっていた。
 清水特製のお弁当をつつきながら元就は驚いて目を瞬かせる。
「なんだその反応は」
「いやいやそっちこそ何だその反応は。夏休み入ったらすぐ林間合宿だろ。ゴールデンウィーク前に言ってただろ先生が」
 山盛りにしたちゃんぽんをすすりながら元親がばんばんとテーブルを叩く。
「元就殿、もしかして聞いておられなかったでござるか?委員長なのに」
「・・・いや、委員長の仕事は片割れが全部引き受けてくれるのでな。わたしは何もしないのだ。林間合宿は運動部に入っている者たちが合同で行うのではなかったのか?」
 おそらく委員長の片割れ、というのは周囲から捨て駒と呼ばれる元就親衛隊のひとりなのだろう。みずからすすんで元就の仕事を引き受け、荷物を抱えていればすぐに助け、階段を降りようとすれば手を差し伸べ、疲れた顔をすればその場でひざまづいて椅子になるのだ。女子からはどこか遠巻きにされながらも羨望のまなざしを浴び、男子からは憧れのお姫様扱いである。元親にしみれば元就がやたら目立つことはあまり良くない傾向だと思ってはいるが、こればかりは仕方ない。だからいつもそばにいて元就に害をなそうとする(かもしれない)虫をことごとく追い払うのが自分の役目だと信じていた。もとより、学校中で名物扱いされている連中に囲まれているので手を出そうなどという度胸のある人間はいないのだが。
「運動部の合同合宿は別だよ。夏休み入ってすぐのやつは一年だけ。チームごとに日にちをずらして別の場所で寝泊まりするんだってさ。あ、ちなみに俺らが泊るのって利とまつ姉ちゃんが夏の間だけ手伝ってるペンションな」
「都合がいいな」
 色んな意味で。
 ちなみに俺らのチーム、とはここにいる七人のことである。
「し、しかし女性がひとりというのは如何なものかと」
「いやだからまつさんがいるんだろ?」
「うむ。別に気にしなくても良いぞ真田。それよりいつの間にチーム分けされていることの方が気になるのだが」
 そんな話し合いしたっけか、とプチトマトを口の中に放り込みながら呟くと、やはり全員変な顔をした。
「・・・毛利」
「なんだ」
 それまで黙ってもくもくとサンドイッチを食べていた三成が呆れように顔を上げる。
「貴様、若年性健忘症か」
「なんだと?」
「ぷっ」
「笑うなそこ!」
 がん!と弁当の蓋で家康と元親を同時に殴りつける。
「はは、すまんすまん。だが毛利、三成が心配するのも当然だ。チーム分けの話し合いのときおまえ元親に、勝手に決めてくれと言っていたではないか。ほら、おまえが熱心に推理小説を読んでいたときだ。あのときは何のシリーズを読んでいたんだっけ?」
「おい家康。別に私は毛利を心配などしていない。あとその時読んでいたのは森博嗣の四季四部作だった。間違いない」
 意外とよく見ている三成である。
「そうだぜ、だから勝手に俺が決めたんじゃねえか。別のクラスの奴ともチーム組んでいいって言われたからいつものメンバーにした。その方が気を遣わなくて済むだろ?」
「毛利さんがいなかったら俺このチーム抜けてたわ」
 ふいにそう言って、政宗は食べ終わった牛丼を乗せたトレイを押しやった。
「なんでさ?」
「はぁ?本気で聞いてんのか風来坊。毛利さんいなかったらむさくて死ぬっつーの」
「まあ確かにねー」
 汗臭い野郎ばっかりで一週間過ごすのは辛いよね、と軽く笑う慶次に、元就はぽろりと箸を落とした。
「い、一週間だと!?聞いてないぞ」
「・・・本当におまえ何も聞いてなかったんだな」
 そこまで他人に自分のスケジュールを任せられるのはある意味すごい、と誰もが思った。
 途端に元就はそわそわとしだした。というよりおろおろ、の方が正しい。
「どうしたんだよ。大丈夫だって。ずっと俺らがついてるんだし」
「そうでござるよ!まつ殿もおられるし、元就殿が不自由することはないでござる!」
「そ、そうではなくて」
 むぅ、と唇を尖らせ、元就は嘆息して箸を置いた。
「・・・一週間も家を空けたことはないのだ。それに」
「それに?」
 まあ確かにお嬢様だから、外泊なんてあまりしたことないよなあ、と思いつつ続きを促す。
「それに・・・何を準備すればいいのかもわからぬ」
「・・・おまえスニーカー持ってる?山登りするぞ」
「持ってない」
「毛利、貴様当然ズボンは持ってるよな。まさかひらひらのスカートで山登りするつもりではないだろうな」
「持ってない」
「・・・元就さん、リュックとかポシェットとか持ってる?両手がふさがらない鞄」
「持ってない」
 じょじょに小さくなっていく声に、一同がしんと静まりかえった。
 しょんぼり肩を落とした元就に、元親は苦笑すると頭に手を置いて慰めるようにぽんぽんと軽く叩く。
「まあ・・・一緒に買いに行ってやるから。いつもはデパートに行って店員に欲しいもの言ってお任せなんだろ。それかカタログで」
「うわぁさすがセレブ」
 ウインドウショッピングなどとは縁がない元就である。
「OK、じゃあ今度の土曜は全員そろって買い出しだな!」
「なっ、私もか!?」
「おお、それは楽しそうだな」
 一気に騒ぎ出す仲間たちに、元就はちょっぴりほっとして、気付かれないようにそっと微笑んだ。




 最初に待ち合わせ場所にやってきたのは三成と幸村だ。その後すまん遅れたと笑いながら家康が、そして慶次が。集合時間ちょうどにいつものように黒塗りの外車で颯爽と政宗が現れる。
「しかしまあ、私服って個性出るよね」
 へら、と慶次が言って、何となく五人は互いの格好をちらちらと品定めを始めた。
「hey、風来坊おまえ、リゾートにでも行くのか?」
 アロハ姿の慶次に向かって政宗が呆れたように突っ込んだ。そんな政宗自身は金のかかってそうなブランド物のシャツにじゃらじゃらとシルバーアクセサリーを身につけている。
「いやいや中二病っぽい竜の兄さんには言われたくないかなあ」
「アア?」
 なんだとコラ、とすごむ政宗の肩を家康が置いてなだめる様にぽんぽん叩く。
「まあまあ。ムキになるなよ。慶次流に言えばカッコイイって意味だろう」
「全然違うと思うぞ」
 ぼそりと三成が呟き、ちらりとデパートの大時計を見上げた。
「遅いな。何やってるんだあいつら」
「何があったのでござろうか」
 この私を待たせるとは、と文句を言いかけた時、やたら目をひくカップルが現れた。人の山から頭一つはみ出た長身の男は眼帯のせいか髪の色のせいかやけに目立っている。特におしゃれに気を使っているわけでもなさそうな格好だが気合いを入れて来られてもこれ以上目立っては困るだろう。だが隣を歩く少女は男女問わず思わず振り返ってしまうほど可愛らしさが際立っていた。
 決して派手ではないフレアの白いワンピース。膝頭が見えそうで見えない長さがいかにも良家のお嬢様らしい。パンツが見えそうなミニスカートで堂々と地面にしゃがみこむようなその辺の女子高生とは違うのだ。襟元と裾に控えめなレースがあしらってあり、腰にはベルト代りのリボンがひらひら揺れている。夏仕様らしく素足にヒールの低いミュールを合わせて、髪には紫色の花飾り。ピアスもネックレスも指輪もない。無駄な装飾など必要ないとばかりに装う人間そのものを引き立てるコーディネートだ。
「It is very beautiful!!現代にもいるんだな、フェアリーって」
 ヒュウ、と口笛を鳴らして政宗が駆け寄る。
 他の四人も唖然としつつそれを追った。
「いや悪ィ悪ィ。出がけに手間取ってさ」
「何が手間取っただ、おまえが迎えに来るのが遅いからだ。とっくに約束の時間を十分も過ぎている」
 むっとしたように文句を言いながら、元親以外のいつものメンバーが何故か顔を赤らめたり視線をうろうろ彷徨わせているのに気づいて眉間にしわを寄せた。
「どうした。怒っているのか」
「え、いや怒ってない怒ってない。可愛いなと思ってな」
「なっ」
 こういう時さらっと賛辞の言葉が出てくるのが家康である。あの慶次すらつっかえながらボソボソと、カワイイネなどと呟くのが精一杯なのに。
 太陽のような満面の笑顔で可愛いなどと言われて、元就はかっと顔を赤くした。
 社交辞令なら聞き飽きているが、家康が人を褒めるのに嘘はつかないと知っている。
 ふいに目をそらせば、今度は顔を赤くして曖昧な笑みを浮かべている幸村と目が合って、途端に元就は恥ずかしくなった。やはりこんな格好ではなくいつもの制服にしておくべきだった。いつもの仲間たちと買い物に行くと言うと何故かここぞとばかりに張り切って、清水や国司や赤川といった執事たちが服や小物を選び出したのだ。
『じぃは嬉しゅうございますぞ元就さま。元就さまに大勢のお友達がおできになって・・・』
 と涙ぐみながらスカートを広げる国司に、強く出られない元就であった。
「あ、この髪飾り可愛いね。もしかして元親がプレゼントしたの?」
「お、分かるか?」
 得意げに笑う元親に、まあねーと慶次も笑い返す。
「いいだろ。これ俺の手作りなんだぜ」
「・・・貴様器用だな」
「おうよ。裁縫も料理も任せろ」
「元親はいい嫁になるぞ」
 きゃっきゃっと騒ぐ元親たちを横目で見て元就は何やら不満げな様子である。
「どうせ裁縫も料理もできぬわ」
 どーせどーせ、とぶつぶつ言いながら、さっさとデパートの中へ入って行こうとするのを瞬時に政宗が止めた。
「毛利さん、ひとりで歩いたりしちゃ誘拐されちゃうぜ?俺の袖掴んでな」
「おい!おいおいおい政宗!」
 慌てて政宗を押しのけようと元親が体当たりする。
「まったく、ガキだなあいつらは」
 恥ずかしいから近くを歩くな、とひとりすたすた行ってしまおうとした三成だったが、ふいに肘のあたりを掴まれてつんのめった。
「何をするッ」
「単独行動は禁止だ」
「・・・毛利貴様・・・」
 しれっとした顔で見上げる元就に文句を言おうとして、猫のような目でじぃっと見つめられ三成はぐっと言葉を飲み込んだ。
 三成は元就が苦手だった。昔からいけすかない奴だと思っていたが、現世においてはいけすかない、というより、苦手、と言った方が正しい。殺したいほど憎いとか、一緒にいたくないほど嫌い、というわけでは決してないのだが。
「おおい、そろそろ入ろう。外は暑い」
 声をかけてきた家康にほっとして、三成は元就の手を振りほどいてその場を立ち去ってしまう。
「なんだあの男は」
 相変わらず気に食わない男だ、と元就は肩をすくめた。


 ぞろぞろと連れだってやってきた集団を見て、女性店員らがぎょっとした顔をした。それはそうだろう、可憐な少女を取り巻くようにして六人の男たちが女性向けファッションブランドの店に入ってきたのである。一瞬警察を呼ぶべきか迷う店員がいたようないないような。
 だがきょろきょろしている元就の顔を見て、店長と思われる女性が慌てて駆け寄ってきた。
「毛利さま!」
「・・・しばらくであったな」
「本日はご連絡頂いておりませんでしたのでお出迎えもせず・・・大変申し訳ございません」
「いや、構わぬ」
 そのやり取りをぽかんとしながら、元親たちは眺めていた。
「え、なに?どういうこと?」
「私が知るか。常連なのだろう」
「お出迎えって言わなかったか今。デパートの服屋ってわざわざお出迎えしてくれるのか」
「そんな経験したことないでござるよ」
「俺もねえよ」
 ひそひそ語り合う友人たちを冷めた目でちらりと見て、政宗は余裕の足取りで元就へと近寄った。
「いつもここで買うのか?」
「色々だ。この店では比較的カジュアルで動きやすい服が欲しいときに来るのでな」
「ふうん。なああんた、この人に合うハイキング用のコーディネートを頼む。可愛いやつな」
 何故か仕切りだす政宗に、慌てて元親が大股に歩みよってきて彼の肩に腕をまわし、耳元で文句を言った。
「ちょ、何やってんだよ!」
「おめーらじゃ全然役に立たねえからだろ。俺慣れてるからこういうの」
「くっそボンボンめ・・・」
 はっ、と大げさに鼻を鳴らして笑う政宗に、ぎりりと歯ぎしりする。
 確かに元親たちはついてきただけで結局何の役にも立てなさそうだ。強いて言うなら荷物持ちくらいだろうか。それすら宅配で送ってしまう可能性はじゅうぶんにある。
 途方に暮れていると、店長と話しこんでいた元就がこちらへやってきた。用は済んだとばかりに店を出ようとして振り返る。
「何をぼんやりしておる。次は靴ぞ」
「おい、買い物はどうした」
 貴様何も購入してないではないか、と、三成が睨んだ。一体どうしてこうまで偉そうなのだ、嫌ならわざわざ来なければ良かったではないか、と元就は思うのだが、大体いつも三成はこんな感じだ。不機嫌そうにしながらツルむことを本気で嫌がらない。ならば嫌そうなのはポーズだろうか、とも思うが、彼が楽しそうにしているところを見たことはないのでよく分からない。
「すでに済んでいる。あとはまとめて家へ届けてもらうだけだ。それより次は靴ぞ」
 スニーカーを持っていない女子高生と言うのも珍しいだろう。だが学校指定の運動靴はすでに元親に却下を食らっている。理由は可愛くないから。
「そなたら、全員ぞろぞろ着いてくる必要はない。どこぞで時間を潰しておれ」
「俺は一緒に行くぜ。ボディーガード」
「俺も一緒に決まってるだろ、毛利さんをひとりにはしないぜ」
「ワシも着いていこう。なかなか興味深い」
「俺も俺も!」
「そ、某も僭越ながら同行するでござる」
「・・・・・・・・・・・・」
 ただひとり沈黙している三成を全員がじっと見つめる。謎のプレッシャー。
 元就は着いてこなくてもいいぞ、という目をしているし、他の連中も同様だ。別に仲間外れにしようと思っているわけではないので念のため。
 三成はじわりとこめかみに変な汗が浮かぶのを感じた。
 一緒に着いていく理由が見つからない。だが、自分だけひとりでどこかをぶらついている、というのもなんだか癪である。
「・・・石田?」
 元就が小さく呼んだ。どうする、と問いかける六人と十二の目。
「ぐ・・・わ、わた、わたしわたしは」
「タワシ?タワシを買いに行くのか。よし、じゃああとで合流しよう三成!」
「イエヤスゥウウウ!!ちがあああああう!!」
 家康のいらん善意が三成の怒りを誘うのはいつものことである。もしかして家康は分かっててやっているのか、と元親あたりは思うのだが、そういうわけではないらしい。裏がありそうで全然ないのが徳川家康なのだ。色んな意味で誤解されやすいとも言える。
「私も行くぞッ」
「最初からそう言えばいいのに」
 めんどくさい凶王さんだよねえ、と慶次が笑いながら、すでにこちらに興味をなくしてさっさと歩きだしていた元就を追った。

 涼しげなレースアップトップスに薄い若草色のカーディガン。真っ白な七分丈のパンツは裾にリボンがあしらってある。靴もスニーカーではなく店員のアドバイスでちゃんとした登山用の靴にした。と言っても富士山を登るわけではない、小学生でも平気で登れるピクニックコースなのだが、そもそも長い時間歩くという経験の少ない元就は万全を期すに越したことはない。
「レインコートに靴下にポシェット。旅行用のバッグはあるからこんなものか?」
 それぞれの店舗で購入したものがまとめて載せられたカウンタで元親は首を捻った。しかし総額いくらかかったのか。元就が値段を確認したところを一度も見ていない。
 何か足りない気がする、いやこれでばっちりだ、と言い合う仲間たちを見ながら、ふいに三成が口を挟んだ。
「足りないものがあればまた買いにくればいいではないか」
 さりげなく放たれたその言葉に全員が押し黙る。
「なっ、何だ」
「・・・いや。そうだな」
 笑って、家康が三成の肩を叩いた。
「その時はまたおまえも来るんだぞ」
 言われて、当たり前だ、と言おうとしてそれでは自分がまたみんなで買い物に来たいみたいではないか、と三成は赤面したのだった。