どん、どん、と大きな音が響いて、床几に座っていた伊達政宗はゆるりと立ち上がった。
「おいてめぇら!来たぞやつらが!」
政宗の隣りでそう怒鳴るのは片倉小十郎である。
音はやがて大きくなり、ひゅう、と空を切る音が細く長くそれに重なった。
「筆頭!片倉様!毛利軍のやつらが!」
うわああああ、と東門を守っていた伊達軍らが空から降ってくる火矢を避けようと駆けだしていく。
毛利軍側は、すでに井楼を組み上げ、後装砲による攻撃を開始していた。
上田城を攻略しようとするのなら、基本開城を迫り、あとは大軍で包囲するのが定石である。始めから戸石城を手中にしている分、まだ真田側に利があるが、結局は周囲に張り巡らされた堀や柵列、川や堀といった天然の要塞に阻まれ行動は限定されるのだ。
東虎口を守る神川は容易に突破されはしたが、そもそも政宗の目的は城を守ることではなく、ましてや毛利軍との戦や真田側をやり過ごす事ではない。東軍へ引き入れるつもりもない。
ただ、純粋に戦いたい。持てる限りの力を尽くして、宿命のライバルと戦いたい、それだけである。
「政宗様」
「真田幸村はどこにいやがる」
当然こちらを狙って近くにいるに間違いない。だが、見張りからの報告では大手門の外で騒いでいる毛利軍の中に幸村の姿はない。
上田原の方も気になる。本多忠勝を配置はしてあるが、完全にあちらは陽動だろうと小十郎も政宗も読んでいた。ならば必ずこちらに何か仕掛けてくるはず。そもそも後方で指揮をとるのがあの毛利元就であるなら、なおさら正攻法でやってきたりはしないだろう。何かの罠だと考える方が正しい。
「筆頭!」
息を切らせながら駆けつけた部下に小十郎とふたり振り返る。
「どうした?」
「た、大変です!ちょ、長曾我部元親が!」
「ああん?」
上田原で本多忠勝の足止めを食らっているはずの男がどうしたというのか。派手なからくりの砲撃はここまで伝わってくる。まだ彼らは撤退していない。
「それが、全速力でこちらへ向かってます!崖、あいつら崖登ってきやがった!後から本多忠勝が」
「おいおいなんだそりゃ」
「大軍を引きつれて、やつらが、もうしっちゃかめっちゃかでこちらに向かってます!」
おそらく勝手な行動をしているのだろう。これには小十郎も渋い顔だ。だが忠勝の役目は元親の足どめであり、元親が戦線を離脱したのならそれを追うというのも任務のひとつである。それを忠実に遂行しているのなら何も文句は言えない。
「乱戦になるか。こんな狭い場所でよ」
「上田原の方は兵を引かせた方がいいかもしれません。それより毛利軍の本陣を襲撃に行かせましょう」
「毛利か・・・。やつら戸石城にいるな」
「おそらく」
わぁぁぁ、と地響きのような音が鳴って、後方、つまり城の方角から兵士たちがなだれ込んでくるのが見えた。先頭で滑ってくるのは元親だ。だが彼はまっすぐこちらへやってこようとはせず何かを探しているようにきょろきょろしている。遠くの空から忠勝が飛んでくるのが見える。