「何故貴様がここにいるッ」
「何故貴様がここにいる」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
全く同じタイミングで同じことを言ってのけたふたりは、はっとしてその場で硬直してしまった。
場所は四国、港町。家康の使いとして文やら土産物やらを船から下させていた三成は、ふいに知った顔がぼんやりと佇んでいるのを発見したのだった。
戦装束ではない狩衣姿はどこか仙人じみているような、巫女のような。
人通りが激しく騒々しい場所でやけに存在感を放っていて、誰もがちらちらを視線をやっていた。
そんな人の目など気にしない様子で毛利元就はどこか憂い顔のまま海を眺めるように立ち尽くしていたのである。
声をかけようかけかまいか、常時であれば無視するところだが、そもそも四国に毛利がいることがおかしい。
否、本人たちにしてみれば別段おかしくはないのだが(厳島での一騎打ちの後色々あった)、三成にとっては疑問である。
まさか強襲か、とも思ったがすぐにその考えは撤回した。
供がそばにいる様子もなく得物も持っていないようだ。まさか他人の空似というわけでもあるまい。
そうして僅かの逡巡の後声をかけたのだったが。
「・・・私は家康からの届け物を運んできただけだ」
「ほう、凶王も徳川の犬となり下がったか。牙の抜かれた犬はさぞ扱いやすいであろうな」
「なんだと貴様ァ!!」
犬というよりも毛を逆立てる猫のように怒りをあらわに声を荒げた三成に、元就は馬鹿にしたような冷ややかな視線を投げて、くるりと背を向けた。
そのまま立ち去ろうとするのを無意識のうちに肩を掴んで引き戻す。
「何をする!」
「う、うるさい!私の質問に答えろ!拒否は許さない!」
思いのほか掴んだ肩の薄さにぎょっとして、三成は慌てて手を放した。
まさかぽきりと折ってしまうわけにはいかない。
そんなことをすれば、この地を治める元親に迷惑がかかる、とちょっぴりあさってな考えが脳みそいっぱいに満たされる。
そもそも三成はこうして元就に触れたことなどこれまでになかった。
顔を突き合わせれば罵詈雑言と諍いの嵐で、得物同士ぶつかり合うことはあったが、互いの肩や腕に触れるのは初めてである。だからどうした、と言われればそれまでだが、お互い「他人は他人、どーでもいい」を地で行くふたりはあからさまに互いの熱に触れてびっくりしたのであった。
あー、だの、うー、だの言いながら睨みあっているうちにいつの間にやら城を抜け出したらしい四国の長がぶらりと姿を現した。手には釣り竿を持っている。
「ようおふたりさん。どうしたんだよ」
呑気に片手をあげて近寄ってくる元親に、ふたりは言い知れぬモヤモヤを感じた。
こうして一触即発の雰囲気を放っているに関わらず、目の前のこの男は、いつもへらへらと愛想笑いを浮かべつつ何も気づかぬ様子で近寄ってくるのだ。
これが真田幸村であれば本当に何も気づいていないのだろうとあきらめることもできるが、長曾我部元親という人物は実は一筋縄ではいかない。
馬鹿のふりをして実は思慮深い発言をしてみたり、怒りに任せて好き勝手暴れているように見えてけっこう配下の兵士たちに目を配っていたりもする。
複雑な策など張り巡らせたりはしないが結果オーライ★で勝利することもままある。
これが単に人望の厚さや運の良さだけで成し遂げられるものではない、というのが元就の考えだが、真相は不明だ。
ともかく、決して仲が良いとは到底言えないふたりが言い争っているにも関わらず何事もないかのように話しかけてくる西海の鬼にイラッとしても仕方のないことであった。
「どうもこうもないっ!長曾我部、何故ここに毛利がいるのか説明してもらおうか!事と次第によっては私がこの場で斬滅してやるッ」
「ふん、できもしない嘘をほざくでないわこのトンガリ小僧が。そもそも丸腰の相手を斬りつけるなどすれば徳川の名誉も地に落ちるであろうな」
「黙れ性悪狐!」
「やかましい根暗カマキリ!!」
「ぶはっ」
段々と子供の言い争いじみてきたふたりのやりとりに、ついに元親が噴き出した。
きっと鋭い四つの目で睨まれ、慌てて手を振るがもう遅い。
しかもなかなか治まらない笑いのせいで頬はぴくぴくと引きつっているし、トンガリ小僧だの性悪狐だのカマキリだのと悪口のボキャブラリーが豊富なふたりがおかしくて仕方ない。
「まあまあ、落ちつけよ。元就は客人だ。三成もわざわざすまねえな。とりあえず荷を積むのは部下に任せてふたりとも城へ来いよ」
な、とふたりの肩をぽんぽん、と叩いて促す。
三成と元就はぎりぎりと睨みあいながら、舌打ちしてそっぽ向いた。
「おまえら本当は仲良いんじゃねえの?」
似た者同士だし、という元親の言葉は、盛大なブーイングで掻き消されたのだった。
「・・・何でおめーらそんな離れたところ座るんだよ」
呆れたように言う元親の前には、何故か人五人分くらい距離を空けて座布団に座る元就と三成がいた。しかもそっぽ向いている。
お茶を運んできた侍女らが困ったようにふたりを見比べていた。
お茶ならそれぞれの前に置けばいいが、茶菓子が入った椀はひとつしかない。それをぽっかり五人分空いている中央にぽつんと置いてもなんだかシュールな光景になるだろう。
透明人間でもいるんか。
「とりあえずそんなに離れられてちゃ話しにくい、もちょっとこっちこい」
ほれほれ近ぅ寄れ、とわざとらしく扇子で招くような仕草をするとふたりは同時に顔をしかめ同時に口を開いた。
「偉そうに指図するな!」
「我に命令するでないわ」
「「・・・・・・・・・」」
おお、タイミングばっちり!と目を瞬かせながら、元親は苦笑して立ち上がり、まず元就の前へ歩み寄ると座布団に手をかけてぺいっと引っ張った。
思いもよらない攻撃に元就はころんと転がる。
慌てて床に手をついてぎりりと睨み上げた。
「何をするっ!」
「ほら三成も」
怒りのあまりぷるぷるしている元就をあっさりスルーして、今度は同じように三成の前にしゃがみこみ座布団の端に手をかけたが、三成はさっと上から自分が座っている座布団を抑えつけた。
「貴様ァアアアこれは私の座布団だ!!」
長曾我部家のものなのだが。
「よいではないかよいではないか」
「いいわけあるかァ!!」
ぎゃーぎゃーと座布団の取り合いをしているふたりをじっと眺め、元就は唇を尖らせてその辺に放り出されている自分の座布団を菓子皿の前へ持っていき座りなおした。
斜め後ろで子供のように騒いでいるふたりを無視し両手で饅頭を掴んでもぐもぐと食べ始める。
ぱんぱん、と柏手を打って勝手に侍女を呼び寄せるとこれまた勝手にお茶のお代わりを命令した。
「それとエチオピア饅頭がなくなった。追加を持ってこい」
「は、はァ・・・。かしこまりました」
まだ食うのか、という目をしつつ女が平伏して引き下がる。
山のように椀に盛ってあったタルトや坊ちゃん団子や都まんが姿を消している。
この部屋へ持ってきたのはほんの四半刻ほど前のことだ。どこかへ隠されたのだろうか。
「おいおい元就、拗ねてないでこっちへ・・・ておまっ、全部食っちまったのか!?今夜は宴あるんだぞちったぁ腹すかせとく努力しろや」
「構うな、目の前に皿があれば食うわ」
「皿を食うのか」
「食うか阿呆」
ぼそっと突っ込みを入れた三成に即答で突っ込んで、元就はけろっとした顔ですぐさま出されたお茶と菓子に手を出した。
唇の端に餡子がついている。
元親は、仕方ねえなあ、と童子にするように指をのばしてそれを取ってやろうとしたが、すばやく払いのけられた。
「何をする!破廉恥極まりない海賊めが!」
「ハァ!?」
「いかに我が可憐で清楚かつ日の本一智略に優れた謀神であろうと海賊ごときに欲情の対象とされるなど末代までの恥よ!」
「ハァアア!?」
何言ってんだこいつ、という目であんぐり口を開けてのけぞる元親に、今度は三成が詰め寄った。
「貴様ァ!老若男女浚っては食い浚っては食いするとはこの色魔め!秀吉様、この色狂いの海賊を斬滅する許可を・・・ッ!」
「待て待て待て待て!何でそうなる!?誰が可憐で清楚だって?誰が色魔だ!!」
ひでぇ!!と涙目になりながら拳を振り上げるが、ふたりは嫌そうな顔で体をのけぞらせ、元親の手の届かない範囲までずるずると下がっていった。
「おい貴様、生贄になって貞操を捧げて参れ。その隙に我は逃げる」
「ふざけるな性悪狐百三歳めが!童貞言うな!」
「なにっ貴様すでに貫通済みなのか根暗ダンゴムシ」
「誰がダンゴムシだ!!貴様こそこの、ネバーエンディングオクラめが!!」
「やる気か貴様!」
「いいだろう受けて立ってやろう!!」
びりっと空気が張りつめ殺気で部屋が満ちる。
ふたりは空から降ってきたおのおのの武器を手に構えた。
「え、いや天井・・・」
あれっ、と天井を見上げ、元親は首をひねった。
「なあ、それよりさっきの色魔だの何だのって言いがかり撤回してくれよ」
「やかましいわ姫若子はちょっとそこどいてろ」
「なにっ姫若子?姫若子とは何だ?」
何故そこに食いついた三成。
顔を引きつらせおろおろする元親を置いて、元就はふっと笑った。
「良かろう、貴様には姫若子と幼き英雄松寿丸の恋のめろでぃを語ってやろうぞ」
「ほぅ・・・」
いったい何に興味を示したのかはよく分からないが、三成は無名刀・吉を鞘に(どうやってか知らないが)納めると、うなずいた。
「良かろう、先にその話を聞いてから貴様を斬滅するかを判断してやろう」
「ふん」
えっ何でそれでいいの!?と元・姫若子は元就を止めようとしたが、あっさり壁サンドの餌食となった。
しかもヒット数カンストである。モトナリフィーバーだ。
「あれは我が今と変わらず可憐で勇ましき童子の頃よ・・・」
「可憐で勇ましい百三歳?」
「やかましいわ!」
ぼそっと呟いた三成の前髪をぎゅむっと掴んで紐でくくって、黙らせた。
床に沈んでいる元親の耳に、妖精のように可愛らしい姫若子と勇者松寿丸の微笑ましい恋の物語が聞こえてくる。
聞こえてくるが、声の出せない元親はぎりっと床に爪をたてて、うめき声をあげていた。
いつの間に自分たちは世界を支配することのできる力を持った指輪を溶岩に捨てるため壮大な冒険を行ったというのだ。
「こ・・・誇大妄想・・・お、つ・・・」