春のあらし314






だってさぁ、プレゼントとかって何買っていいか分かんないじゃん。だから俺すっげー考えたわけよ。本とかーケーキとかー花束とかー。花束はアレか?あいつ三日で枯らしそうだもんな。だから却下。けどよ、考えてみれば俺あいつのことなーんも知らないんだよな。何が好きなのかとかさ、好きな芸能人とかさ。で、ああそうだこないだ真剣な顔で分厚い本読んでたからうわなにその弁当箱みてえなの、って聞いたわけ。そしたら妖怪の本らしいんだよ。妖怪の本って何だよ。何か陰陽師?とか出てくるらしいぜ。あいつ昔陰陽師みたいな格好してたもんなあ。え、違う?だってニチリンヨー!とかって言ってたじゃんあれ妖怪召喚の術とかじゃねえの?


 延々と目の前で意味不明な愚痴を聞かされて、とうとうぶち切れた政宗は盛大な舌打ちとともに机の下で長い足を蹴飛ばした。がたんっと大きな音をたてて机がずれる。
「いってえ!てめっ何しやがる!!」
 低く少し掠れたような声音で怒鳴る元親が睨み上げる。普通の人なら竦んで土下座するほど恐ろしい顔だったが、当然政宗に通じるはずもない。ひたすら痛ぇ痛ぇと繰り返す友人を鬱陶しそうに見て、ため息をついた。
「だから何あげていいか分かんねえって話なんだろ?ここでグチグチ言ってねえで本人に聞きゃあいいだろ。プレゼント何が欲しい?って。何あげていいか分からないなら本人が欲しいものあげりゃいいじゃねえか。何迷ってんだよ」
 くっだらねえ、と鼻を鳴らしながら毒づく友人に、元親はうなだれると机に指でのの字を書き始めた。デカイ図体をしてやることが子供である。
「聞いたさ、何か欲しいもんあるかって。ちゃーんと聞いたっつうの」
「じゃあそれでいいじゃねえか。ノープロブレム。がんばれよ」
 じゃあな、と手をひらりと振って立ち上がる。どうでもいいらしい。
 さっさと立ち去ろうとする政宗の腕を目にもとまらぬ速さでガッと掴み、元親はぐいぐい引っ張った。
「おいおい話はこれからだろ。聞いてくれって」
「伊達政宗の!正直しんどい!!・・・帰らせてくれ家で小十郎がピーチゼリー作って待ってるんだ」
「ゼリーくらいいくらでも俺が作ってやるって慣れてるから。何なら『あーん』もつけてやる。いつものことだから」
「いやそれはご免被る。きしょい」
「冗談に決まってるだろ!元就以外のやつにそんなこと俺がするわけねえだろ!」
「いつもやってるのか。シュールな光景だな」
 大仰に肩をすくめてから、仕方なく政宗は再び椅子に腰を下ろした。何だかんだ言ったところで付き合いのいい友人である。
「で、毛利は何を欲しがってるんだ」
「それがよォ、いつもみたいにケーキとかチョコレートとか大福とか、お菓子類だと思って色々材料とか本とか買って備えてたんだよ。そしたらあいつ、『ホワイトデーのプレゼントと合わせて通常の573倍にして返せ』とか言いやがって」
 よく分からない数字である。
 だが政宗が引っかかったのはそこではなかった。
「ちょっと待て、ホワイトデーって、毛利のやつバレンタインにおまえにチョコ渡したのか。聞いてねえぞ」
「いや、あいつがそんな殊勝かつ可愛いことするわけねえだろ。バレンタインもひな祭りもホワイトデーもバースデーも子供の日も母の日もクリスマスも正月も全部俺がケーキ作ってやってるっての」
「突っ込みが追いつかねえ。とりあえず続けろ」
 途中で聞く気をなくした政宗は適当に手を振って窓の外を眺めた。
 早く食べたい小十郎印のピーチゼリー。一度ゼリーと思って食べたかたまりがナタデココだったときショック死しそうになった政宗は、それ以来あの手のものは小十郎が作った本物のゼリーしか口にしないと固く心に誓っている。何だって一時期あんなにナタデココが流行ったのか全く分からない。ぐにょぐにょしているし固いし飲みこめないし味がないではないか。ナタデココジュースとか正気の沙汰ではない。もう最近ではあまり見かけなくなったが。そういや同時期にホワイトソーダとかも流行ったような。
「で、ナタデココが何だって?」
「いや誰もナタデココの話はしてねえ。だからいつもみたいにケーキ作っても駄目なんだよ。573倍手をかけなきゃ受け取ってくれないんだぞ。どうすりゃいいと思う?」
「がんばれよ」
 おまえならできるきっとできる、がんばれがんばれ。
 熱いせりふを冷めた口調で言い放ち、政宗は今度こそ立ち上がる。
「じゃ俺帰るわ。あんまり待たせるとゼリーがナタデココに変身するかもしれねえし」
「すげえんだな片倉さんって」
 ちょっとずれた感動を覚えながら、元親は政宗が遠ざかるのを黙って見送った。
 本当は本気で相談したかったわけではないのだ。ただ話を聞いてほしかった。この理不尽な悩みを!政宗に話したところで妙案が浮かぶとも最初から思ってはいなかったし。
「あーあ、どうすっかなあ」
 573倍とは何を573倍すればいいのか。大きさか?それはさすがに無理がある。そんな超巨大オーブンレンジなどないし、というよりボウルがないよなあ、と溜息をひとつ。
 おそらく元就が言いたいのは本当に何かしら573倍にして欲しいのではなくて、つまりは『いつもと同じじゃヤダヤダ』ということなのだろう。とすればアイデアで勝負である。
 驚きのあまり思わず素っ裸になってベッドで元親、カモン!と誘ってくれるくらいの衝撃を与えてやろう。そうすればなし崩しにあれやこれやでヘイヘイ!!
「ふっ・・・俺って罪な男だぜ」
 閉まったままの窓から何故か爽やかな風が吹いて、元親の髪と上着を揺らした。超常現象である。


 翌日。
 具合が悪いから早退する、と超絶元気な笑顔で手を振りながら猛ダッシュで走り去る元親を見送ったのが正午。つまり昼休みになってすぐのことだった。
 思わずぽかんとしながら手を振り返してすぐにこれはおかしいと気づいた元就だったが、政宗の「行かせてやれ・・・男には譲れないものがあるんだ・・・」という渋い一言に、ああこれは関わらない方がいいなと判断して追及しないでおいたのだった。
 ドラマだか漫画だかの真似をしているのだろうが、いくらカッコイイせりふでも口の周りに青ノリをくっつけ慶次に爆笑されながらでは全くもって台無しである。
「ふーん元親がねえ。元就さん今日は早く帰ってあげなよ」
「何故我が。大体いつも授業が終わったら図書室に寄って帰ることにしている」
「今日だけでも早く帰ってやってくれ。あいつが討ち死にしないように」
 友人として頼むよ、といい加減な仕草で頭を下げる政宗に、やはりこいつは何か知っているのだろうと予想した。どうせくだらないことだろう。
 ふと顔を上げれば、幸村がいそいそとタッパーを取り出し蓋を開けるところだった。
「皆の者心して聞いて下され!これは佐助からのお返しでござる!!」
「はあ?」
 何だそりゃ、という顔をする面々に、幸村は眩しいほどの満面の笑みを浮かべた。
「ばれんたいんのお返しでござるよ」
「えっと、幸村。俺チョコあげたっけ?ていうかなんで佐助?」
「我はもらう権利があるな。猿飛からの返礼というのはいまいち気に食わぬが」
 そう言ってクッキーを片手でむんずと十個ほどクレーンのように掴み、ぼりぼりとむさぼり食った。
 端正な顔が瞬く間に膨らんでおかしなことになったが、それはそれで小動物のように可愛らしい、と元親ならデレデレになったことだろう。
「ヘイ、毛利さんよ、あんた元親には渡さなかったのに幸村にはチョコやったのかよ」
 そりゃひでえぜ、と言う政宗を冷ややかな目で睨む。
「友チョコぞ」
「元親には?」
「奴は友ではない」
「ラバーか!!」
「臓物は好かぬ」
「ちげえよそりゃレバーだろ」
 真顔でボケるのはやめろ、と突っ込もうとして、疲れるのでやめた政宗である。
 どうにも元親・元就両人との付き合いは通常の友人以上に疲れる。一日終わるともうグッタリだ。
 きょとんとした顔でクッキーを頬張る幸村の無邪気さだけが癒しだ。
「あれっ、ねえあれって・・・」
 ひょいと窓から下をのぞきこんだ慶次が声を上げて指をさした。
「元親じゃん。あれ、さっき帰ったんじゃなかったの?」
「忘れ物でもしたのか」
「元親殿はいつも手ぶらでござるよ」
 がらりと慶次が窓を開け、元就たちがのぞきこんだ。彼らがいる教室は四階で、正門前にいる元親の声が届く場所ではない。
 元親は何やらポケットから取り出してそれをひらひらと振った。赤と白の旗だ。何かを主張するように赤を上げたり白を下げたりしている。
「何やってんのあれ」
「さあ」
 ふざけているのだろう、と笑おうとしたが、どうやら元親は真剣な様子でこちらをガン見している。
 マジな顔で紅白の旗を振るヤンキー。
「ふむ、分かった」
「え?」
 食い入るように元親の旗ふりを見ていた元就は、ひとりうなずいて席に戻ってしまった。
 何事もなかったかのようにクッキーを再び食べ始める。
「ちょっとちょっと元就さん。何?何が分かったの?」
「ああ、帰りに図書室で待ってる、らしい。どうやらこのまま授業に戻る気はないようだな」
 さぼりか、とどうでもよさそうに呟く元就に、全員が目を丸くした。
「なんで分かったの?テレパシー?」
「何を申しておる。さっき旗を振っていたではないか。あれは我らが声の届かない位置にいる場合意思の疎通をはかるためふたりで編み出した新手の技よ」
 ふふん、と自慢げに言う元就だったが、その場にいた友人らは突っ込んでいいのか笑っていいのか分からず、とりあえず曖昧に笑みを浮かべておくことにした。
(くそっ、言いたい・・・すげえ言いたい・・・携帯で話せばいいじゃんって突っ込みたい!!)
(耐えろ、耐えるんだ政宗!もう面倒くさいから!!)
(うおおおオヤカタサバァアアアア・・・・!!)
 いろんな意味でブルブルと打ち震えるクラスメートどもを冷やかに眺めながら、元就は独り占めするようにクッキーを貪り食うのであった。




 放課後、図書室。
 小腹もすいたことだし、元親に何か奢らせよう、と色気の欠片もない企みを抱きながら元就は図書室の扉を開いた。
 入口にあるカウンタには誰もおらず、奥で司書が仕事をしているようだった。
 他に生徒の姿はなく、図書委員もいない。職務怠慢だ、と口の中で呟きつつ、中の様子を伺う。
 しんと静まり返った中足音を立てる気もせず、何となく忍び足で奥へと向かうと、一番奥、図鑑やら年鑑が収められたおそらく最も人が近寄らないであろう棚のところに元親がこちらに背を向けて立っていた。
 あやしい。
 薄暗く埃っぽい棚の間に長身のヤンキーが仁王立ちしている姿は誰が見てもあやしかった。元就が女生徒であればキャァァ!と声を上げているところだ。もちろん、元就は女生徒ではないので悲鳴はあげなかったが、無意識のうちに打った舌打ちが響く。
「あ」
 思いのほか辺りに反響し、くるりと振り返った元親があんぐりと口を開けて固まる。
 自分で呼び出したくせに何だその反応は、と眉を上げながら元就は近づいて行った。
「貴様、授業中ずっとここにいたのか?」
「あ?ああ、まあな」
「よく叱られなかったな」
「気づかれなかったぜ。ずっとここで寝てたからよォ」
 ぽりぽりと頭をかきながらあっさりと言ってのける。
「それでわざわざこんな場所に呼び出した用は何だ。用がないならさっさと帰るぞ」
「えっ一緒に帰っていいのか?」
 何だやけに素直だな怖いぜまさか雪が降るんじゃねえだろうないや槍か?ドリルか?天元突破でもすんのか、などとぶつぶつ失礼なことを言っているヤンキー元親のみぞおちを殴っておいて、きびすを返す。
「帰りに奢れ。死ぬほどケーキが食いたい」
「死ぬほどっておま・・・。いや待て、その前に渡すもんがある」
 ほれ、と腕を掴み取られよろめいた背を支えられて見上げると、困ったような顔で元親がへらりと笑った。この顔が一番むかつく、と元就は険しく睨む。慶次のとはまた違った、他人を警戒させないための作り笑いに似ている。
「なんだ」
「これなんだけどよ」
 ぽんと投げて寄こされたのはてのひらに収まるほどの小さな四角い箱だった。両手で受け止めてまじまじと見つめる。
「・・・これでは腹は膨れん」
「食い物じゃねえよ!どんだけ食い意地張ってんだよ!」
 それはもう、見た目とのひどいギャップに三日三晩うなされるほどの食い意地である。
 我、サンドイッチしか食べない★みたいな顔をしているが実は胃袋は無限大、幸村とタイマンで勝負ができるほどの謎のブラックホールを体に飼っている。
 一度政宗が虫がいるのではないかと本気で心配して検査を無理やり受けさせられたが、そんなことはなかった。そのくせ幸村ほど運動量は多くないくせに体重は増えないものだから、世界七不思議に加えてもいいのではないかと思うほど周囲をびびらせていた。
「いいから開けてみろって」
 へへ、と何やら照れたようなうすら寒い声を立てて促す元親に文字通り寒気を覚えながら、そっと箱の蓋をあけた。
 プレゼントなら包装くらいしたらどうだ、と突っ込もうとしたがそれをビリビリ破くのも面倒なのでまあいいか、と許してやることにする。
「これは」
 中から現れたのはきらりと光る石だった。否、石に隠れているリングが見える。つまり指輪だ。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
 どう反応していいか分からず難しい顔で頭を悩ませる元就に、元親が上ずった声で言う。
「何プレゼントしていいか分からなかったからよ、結局それにした。意表をついてみたぜ!」
 どや顔をする元親にかける言葉が見つからず、元就はぽかんとしたまま立ち尽くした。
 指輪?男子高校生が男子高校生に指輪だと?そんなものどうしろというのだ。食えない、つけられない、さてどうする。
「えと・・・元就?怒ったか?」
「元親」
「お、おう」
 うつむいていた元就が顔を上げる。元親の目には、彼の切れ長の目が濡れているように見えた。
(感動している!これはいけるぞ俺!さすが西海の鬼!!)
 何が西海の鬼なのかはともかく、心の中でガッツポーズしながら今夜のあれやこれやについて頭を巡らせた。
 ラブホに行く金はないので近所の銭湯で背中の流しあいっこから始めよう。きっといい雰囲気になるはずだ。たぶん。
「この石だが」
「あ?ああ。すげえだろ!2センチもあるんだぜ!ちなみにそれ硝子玉な。露店で売ってた」
「アホかァ!!」
「グホォア!!」
 ばしこーん、と箱ごと投げつけられ顔面にクリティカルヒットする。しかも何故か都合良く角が突き刺さって痛いのなんのって。
「ひでえ!ていうか痛ェ!何すんだよ!!」
「貴様なんのつもりだ!露店で売っていた推定三百円の指輪をしかもありあわせの箱に入れてプレゼントだと!この箱高級洋菓子店のマカロン用であろう!我には分かるぞ!」
「ばれたか!だってなんか高級そうだったんだもん!露店のおっちゃんがこれで彼女もイチコロねー愛ユエニーとかって言ってたもん!」
「ヤンキーがもんとか言うな気色悪いわ!!」
 お互い肩で息をしながら怒鳴り合う。途中ちらりと司書が文句を言いに顔をのぞかせたが、あまりの迫力に出て行ってしまった。
「やっぱり駄目か?それいらねえ?」
 恋人にプレゼントって言ったらえんげーじりんぐとしか思いつかなかったんだよとしょんぼりする元親に、元就は床に転がっているおもちゃの指輪を拾って、呪詛の言葉を呟きながらすっと指にはめた。サイズが合わずぐらぐらしている。
「元就?」
「あと529倍ぞ」
「えっ微妙!」
 どうしようか、と本気で焦る元親に背を向けて、元就はにやにやと笑った。
 やっぱり帰りに奢らせて、ついでに銭湯にでも寄ろうか。
「あ、忘れてた。元就、誕生日おめでとさん!」
「ふん、遅いわボケ」